第7話 舌のよく回る義弟

「陛下」

「なんだ」


 執務室に入ると既に宰相のリオットが中に居た。

 いつの間に俺を抜かしたんだ……いや、俺がプロポーズしに行った後、すでに今後のために動き出していたのかもしれないな。


「ご婚姻の件ですが、亡きクローディアさまのご実家からご当主のマルケウス様が抗議に来ておりまして」

「冗談だろう。もう来たのか?」


「表向きはお祝いに、とのことですが。恐らくは既得権益を失わないか不安になってのことでしょう」

「面倒だな。それにしても、代理ではなく当主か。帝都に居たとは相変わらず間の悪い男だ」


「はい、どうやら末のご令嬢のアリアンヌ様が帝国学院に入学されるらしく、その付き添いに丁度いらしていたようで。それで、直接お祝い申し上げたいので是非にお目通りを、とのことですが」

「分かった。会おう」


「では、私はこれで」

「あぁ」


 リオットはそう言うといくつかの書類と、一つ豪華な装飾の施された箱を持って部屋を出ようとした。

 どうもメッセンジャーを務めたのはただのついでらしい。


「あと、ルーナリア王女が帰国する前に会えるようにしておけ」

「畏まりました。では」


 俺はもう一つついでと言わんばかりに彼を呼び止めたが、彼は嫌な顔一つせず承諾して部屋を後にした。


「それにしても、何をしに来たのか……」


 俺はたった一月の皇帝生活で既に三度目となる彼との面会に、少々うんざりして天井を見上げた。


 一度目は俺がこっちに来た時、落馬したことへの見舞だ。

 二度目は俺が遠出した時、大して近くを通った訳でもないのにわざわざ会いに来た。


 どちらも贈り物を送られた側だったが、何せ口数の多い男で、俺は自分がボロを出さないかとヒヤヒヤするのだ。

 それでも、無下に出来ない理由がある。


 帝国になる前からの付き合いである彼の家は、武力でなく同盟からなし崩し的に傘下となったが、ここにも無利息ではあるものの多額の借金がある。

 それもあって、皇室の縁戚として皇帝の威を借り権力を振るっている。


 そして、リオットが出て行ってから間を開けずやって来たマルケウスは、現当主であり亡き妻の弟、つまり皇帝の義弟なのである。


「皇帝陛下、この度はご婚約されたこと心からお慶び申し上げます」

「ああ、クローディアには悪いとは思うが、国のためにはこれしかなかったのだ」


「悪いなどと、何をおっしゃいます、陛下。クローディア様も陛下の御思いは重々承知のはず、長きに渡り偲び冥福を祈って頂いていることは我々親族一同深く存じております。これ以上は感謝のしようがございません」

「そうか」


 話がゴテゴテとしていて長い。

 既に頭が痛くなってきた。


「はい。しかしですな、新しくお妃さまをお迎えになるのですから、やはり何もかもこれまで通りとはいきますまい。ですが、不肖な弟としては、これからも心の片隅で我が姉のことも思って頂ければ、と厚かましくも陛下にお願い致したく存じ上げる次第にございます」


 なるほど。

 つまり、疎遠になるのを恐れているのか。


 いや、違うか。

 恐れているというよりも改めて強固にしたいのかもな。


 問題は俺には遠回しじゃ分からんということだ。

 ま、直接聞くに限る。

 別に聞きたくはないけどな……。


「もちろんだ。帝国が成ったのもクローディアあってのこと、今後も忘れようはずがない。ところで、今日はめでたい日だ。何かあれば聞こうと思うが」

「おお、さすがは陛下……お心が広い。では、恐れながら先ほどの皇太子さまの件です。陛下がお収めにはなったものの、やはり皇太子妃となるには少々相応しくないとすでに噂になっておりまして。私といたしましても一家臣、そして厚かましくも一人の叔父として皇太子殿下の先行きを案じております」


「まぁ、それはそうであろうが皇太子も覚悟の上だろう。それをどう皆に認めさせるかは皇太子次第だ」

「……陛下はもう、お認めになられているのでございますか?」


「いいや、余を含めて皇太子が認めさせるのを待っているところだ」

「そうでございますか……いや、さすがは陛下でございますな……」


 途端に言葉数が減り調子が狂う。

 いや、これが普通なんだけど、何というか、ね。


「それだけか?」

「い、いえ、実は私の娘が学院に入学する次第でございまして。私がいの一番にお祝いを申し上げに参上出来たのも娘のおかげでございます。父親の私が言うのも何ですが出来た娘でして」


「あぁ、確かアリアンヌだったか。もうそんな年になったのだな」

「おおっ、気にかけて頂きありがたく存じます。それで、もしよろしければジルベルトさまのお相手にどうか、と愚考した次第であります」


 きっちり覚えていたのではなく、ただリオットから聞いたのを覚えていただけ。

 だが、マルケウスは本気で嬉しく思っているのでは、とこちらに伺わせる喜びようで本題を提案してきた。


「つまり、まだ結婚していない皇太子の二人目の婚約者に?」

「ええ、まぁ、無論この春に学院へ入るところですので、すぐに公表して頂かなくともよいかとは思いますが」


「そうか、とはいえ側室で我慢できるのか?」

「いえっ、そ、それは……」


 まぁ出来るわけがないわな。

 なんせ現皇帝の正妻を出した家だ。

 次期皇帝の側室とはいえ家格の劣る家の娘が正妻では納得できないだろう。


 それはともかくとして、マルケウスの家には力がある。

 利用しない手はない。


「つまり、お前たちがジルベルトを落とすまで二人の婚姻を認めるな、ということか」

「誠に不遜な願いだとは思いますが、帝国のためを思えばこそ——」

「いいだろう。婚姻を認めるかはジルベルト次第だが、アリアンヌがジルベルトの婚約者候補となることを認める」


「おおっ、ありがとうございます!」

「余からジルベルトに話しておくか?」


 俺は奴から譲歩を引き出すべく、一つ歩みよる。

 すると、マルケウスは是非も無しと食いついてきた。


「ぜひともっ、陛下に応援していただければ、必ずやっ、アリアンヌが殿下のお心を掴んでくれるものと、我が姉やルーナリア王女殿下にも劣らぬ立派な国母となると、私めは確信しておりますので!」

「うむ。あぁそうだ、そのルーナリア王女だがな、二年居たとはいえまだまだ異国には変わりない。お前の方でも気を使ってやってくれると助かるのだが」


「もちろんにございます。新しい皇后陛下にも最大限の忠誠を捧げる所存にございます。ですので、どうかジルベルトさまの件、どうか——」

「分かった。もう行け」

「ははっ、では失礼いたしまする!」


 対価の無い忠誠心は希少とはいえ、あいつはもう少し隠す努力をすべきだよなぁ。

 それにしても、皇室がチラつけば多くの者が無下にしないだろうし、元妃に似て整った顔立ちで下手に出れば大概の者は心を開く、か。


 そんなマルケウスがルーナリアの後ろ盾になれば心強い。

 いくら王国の姫でもここは帝国、帝国人の強い味方が居るに越したことはない。


 問題はルーナリアに子が出来た時だが……。

 それも、アリアンヌがジルベルトの正妻に座らなければ問題にならないし、どちらにしてもまだ先のこと。

 

 あとは明日にでもジルベルト君に納得してもらうだけだな。

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