第2話 どこかで見た茶番

 なにやってくれてんのっ、乙女ゲーのつもりかよ!?

 一瞬の気絶から戻るや否や、本来の俺らしく心の中で慎ましくツッコミつつも、椅子に付いていた肘が滑ったのを悟られぬよう瞬時に腹斜筋で耐えた。

 おかげで左肘がちょっと浮いている。


 サンキューマッスル、サンキュー脳筋皇帝。

 心の中で感謝しつつ改めて見ると、俺のツッコミを証明するかのように、息子であるジルベルト君の傍らにはそっと寄り添う黒髪の少女が居る。

 おうおう、やってんねぇ。

 つか、やってくれてんねぇ、余計なことを。


 ジルベルト君と謎の黒髪美少女、そしてルーナリア王女の三人で始められた舞台。

 男女でズボンとスカートの違いはあれど、帝国学院の妙にデザイン性の高い白を基調とした制服のせいか、余計に乙女ゲームの一幕を彷彿とさせる。


 それにしても、ジルベルト君は皇族ということで在校生代表として選ばれたのに、こともあろうか集まった耳目を自分のために使うとは……。

 本来なら代表を務めるはずだったであろう、学院きっての才媛と名高い王女が冷静に問いかける。


「ジルベルト殿下。婚約破棄とはどういうことでしょうか」

「ルーナリア、君のレイカに対する行いや接し方は皇妃に相応しいとは到底思えない」


「私の彼女に対するどんな行いや接し方を非難なさっているのでしょうか?」

「皆の前でそれを説明しろと言うのか、何も言わず受け入れるのがお前のためだと思うが」


「そうは参りません。私は母国である王国の、そして祖国となる帝国のために生きてきました。殿下にも常々そうあるべきと進言してきましたが、もしやそれがご不快だったのでしょうか?」

「いいや、そんなことは些細なことだ。耳は痛かったがありがたい忠言だったよ。だが、彼女のことは別だ」


 ジルベルト君はそう言って隣の少女の肩を抱く。

 その手の動きに、一瞬王女の眉が微かに動いた気がした。


「私も殿下の恋愛に口出しする気はありませんでしたが、彼女の振る舞いは愛人の域を超えて——」

「愛人だと……帝国の民を侮るつもりか」


 ジルベルトは不快感を隠そうともせず怒気を撒き散らす。

 しかし、王女はそれを真っ向から受け止め諫める。


「侮るも何も彼女は側室にも相応しい出自ではありません。そう申しているのです」

「口を慎め、私は彼女を皇太子妃とするつもりなのだぞ」

「……つまり、今はまだ違うということですね」


 学院の式典には帝国に属する国々から大使たちが来ていたが、十七かそこらの二人のやり取りをただ眺めることしか出来なかった。


 まぁ、正確には皇帝である俺の出方を伺っていたのだろうが、当の俺は落ち着きを取り戻した今、ネタとしてしか知らない乙女ゲーのような展開に戸惑いつつもどこか興味を持ってしまっている。


 左肘も元の位置に戻したしな。

 もうちょっと見てみよう。

 つーか、ぶっちゃけ何が起きてるのかいまいち分からんし。


 そんなことを考えていた俺の視界に、当事者であるルーナリア王女の国の大使が慌てて席から弾かれるようにやってきた。


「恐れながらっ……皇帝陛下におかれましては皇太子殿下の婚約者であられるルーナリア王女殿下への今日の仕打ちをご存じあそばされていたのでありましょうか!」

「……ちょっと待て。おい、今ジルベルトは何と言っていた?」

「は……も、申し訳ございません陛下、大使のお言葉を聞いておりましたので何とも……」


 近くに居た学長に聞いてみたが芳しくない。

 話しかけられていたのは俺で彼じゃなかったはずなのにな。


「もういい。で、余がこれを知っていたか、と聞いたか?」

「……さ、さようにございます。ぜひともお答えいただきたく」


 先ほどの一息にしては長過ぎる大使の抗議のせいで色々と聞き逃した。

 ……いや、よく一息で言えたな。


 んー……要は、ジルベルト君が帝国の平民に篭絡され、婚約者である王女にケチをつけているようだが、中身は何とも曖昧だし詰まらないことばかり。

 聞き逃すと一気に興味が失せた。

 

 恐らくどこまで聞いても大体は同じようなことの繰り返しだろう。

 なにより、一度冷静になると今度は王女が憐れで聞いていられない。

 彼女はここに至ってまだジルベルトの幼稚な問い詰めに真摯に答えて何とか思い直させようとしている。


 さて、どうしたものか。


 もし、ジルベルト君があれで正気なら、皇帝に甘やかされていたから、とかいうレベルではないアホさ加減だと思うが。

 まさか気でも狂ったのだろうか。


 そもそも、一体どこを落としどころと考えての行動なのか理解しかねる。

 気が狂っているのなら落としどころなんてあるはずも無いが、まぁ一旦は目の前の大使だな。


 というか、王国側の抗議は正当でしかない。

 なのに、なぜ彼は顔面蒼白どころか禿げ頭まで血色悪くダラダラと冷や汗を浮かべ震えているのだろうか。


 まぁいいか、と口を開きかけたところ、気づけばそこに居る宰相のリオットが斜め後ろから耳打ちしてきた。

 いつもながら心臓に悪い男だが、非常時だとありがたいな。

 俺は解決策を期待しつつ彼に耳を貸した。

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