番外編:ルーシー 絢爛舞踏を継ぐ者(後)

 一ヶ月後。

 

 威風堂々。頂点立地。豪華絢爛。中央都市を優雅に歩く彼女に、皆、視線を奪われた。まとっている空気でさえ輝いているようだった。

 

「誰だ、あの美女は……!? あんな冒険者、いたか?」

「ありゃ、ハーフエルフか!? ということは、まさか……」

 ある老人が呟く。「絢爛舞踏が帰ってきた」と。


 アイリスとセレナがいる場所はすぐにわかった。恐ろしい程の闘気がぶつかり合っている。またアレンを巡って衝突しているのだろう。どちらも譲る気はない。それをアレンはおろおろと困った様子で見ている。

 かわいそうなアレン様。あの二人の間に入っている限り、彼に幸福は訪れないのではないのだろうか。救ってあげたい。


 怯えるな。恐れるな。堂々と、前に。

 異質な空間に足を踏み入れた瞬間、アイリスとセレナが同時に彼女を見た。


「……あれ? あなた……ルーシー? 何か雰囲気、変わった?」

 だいぶ変わったと思うのだが、アイリスにとってはその程度にしか感じないらしい。取るに足らない存在……ということか。

「ハーフエルフの分際で、我が前に立つか」

 セレナの冷たい視線。まるで虫ケラを見るような目。本当に、アレンにしか興味がないのかこの鬼エルフは。これでも丸くなったなんて信じられない。

 ルーシーは怯えを顔に出すことなく、恐るべきこの二人を見据えた。

「あなたたちに決闘を申し込みますわ! 勝負です!」

 アイリスとセレナはきょとんとした。

「突然……何? どうしたの? え、決闘?」

 アイリスにしてみれば、突然パーティメンバーから敵意を向けられて戸惑うばかりである。

「ほう……面白い。絶望の底を見たいのか」

 セレナは明らかに機嫌が悪い。放たれているマナが全身を貫くようだった。

「ルーシーさん? 一体、どういう……」

 アレンは心配そうにルーシーを見る。ああ、この人だけだ、ちゃんと自分を見てくれる男性は。こんな自分の身をも案じてくれるなんて。

 ルーシーの表情の変化を見て、セレナは察した。そうか、ならば──敵だ。決闘だ。


「場所を移しましょう」

「いいだろう」


 中央都市から離れた場所で、ルーシーとセレナは対峙した。

 アレンとアイリスはひとまずその成り行きを見守ることにした。危なくなったらすぐに止められるように準備はしていた。


「どこからでもかかってくるといい」

「……ええ。いきますわよ」

 ルーシーの挑戦が始まった。


 場の様子を【遠隔水晶】でフレーシアは眺める。

 あの恐ろしい鬼エルフを前に怯まずに立ち向かえるようになるなんて。

 ルーシーはここに来て【覚醒】したのだ。一ヵ月では元のレベルに戻るのが精いっぱいだったはずのルーシーは、その秘められた潜在能力を開花させた。それでもなお、アイリスとセレナには遠く及ばないかもしれない。

 しかし、絢爛舞踏は恐れない。戦いの中で舞い踊り、そしてより強く、美しく。それは、それこそはフレーシアが追い求めた理想像。

 今こそ……羽ばたく時だ。


 何もない空間から十本の剣が現れた。いずれも強いマナを秘めた魔剣。それぞれが宙を舞い、セレナに襲いかかる。

「……【風陣】」

 無詠唱で放たれた風の魔法が剣を弾く。高出力の魔力で固められた見えない刃。セレナはその場から一歩も動かずにルーシーの攻撃を捌く。

 ルーシーが舞う。剣が躍る。魔力は高まり、速度が上がる。

「この程度か? ならば、終いだ」

 ──ありえない。極大魔法を無詠唱で?

 瞬間的に強大な魔力の塊がセレナの手から放たれた。ルーシーは十本の剣の魔力をすべて引き出し、それを防御する。それでもなお、剣はすべて砕け散り、ルーシーは弾き飛ばされた。地面に転がったルーシーは傷だらけになる。凄まじい痛みに顔を歪めそうになる。それを堪え、ゆっくりと、そして悠然と立ち上がる。傷はすでに回復魔法で消えていた。

 新たな十本の剣が現れる。ルーシーが再び舞う。今度は剣と共に初級・中級魔法が放たれた。しかしそれらはセレナの前で拡散し、消滅する。一定以上の魔力……上級魔法レベルでなければセレナの防御を突破できないようだ。想像以上のバケモノ。それでもルーシーは挑む。

 あらゆる手を尽くす。魔法も武技も、持てるすべてを出し尽くす。それでもセレナには全く届かない。

 なおも、ルーシーは踊る。一つ一つの動作は洗練され、美しい。


「ことごとく技を打ち破れば諦めると思ったが……やはり、絶望を味わってもらうしかないな。死んでも後悔するなよ?」

 一瞬、すべての音が消えた。次の瞬間には鼓膜を破るような高音が鳴り響いた。

 極大魔法の多重詠唱。それはまるで歌のようだった。

 ルーシーは怯まない。この状況は、むしろ望んだことだった。

 戦いの中でのルーシーの軌跡が、強い光を放つ。地面に描かれていたのは──魔法陣。

「……魔法式による極大魔法の発動か。ここまで簡略化した式で極大魔法を顕すとは……」

 ルーシーの魔力が高まるのを見て、セレナの表情が変わった。

 爆発的に魔力が高まっている。これほどまでの魔力を持つ冒険者が、まだこの中央都市にいたとは驚きだった。


「……ハーフエルフだと言って貶して悪かったな。認めよう……貴様は誇り高く、強いエルフだ」

 そう。あの時、逃げ出した自分よりも気高い。これこそが、エルフとしての在り方だったのではないか。セレナはそのことを思い出した。

 一方、ルーシーは涙を堪えていた。それでも何とか、表情を保つ。このエルフに、頂点たるものに認められることがこんなにも嬉しく、喜ばしいものだとは。しかし、ここで満足してはいけない。すべてを、このエルフにぶつけ、そして──勝つ。


「【極大魔法】……バルムンク!」

 大地を貫く巨大な剣が、ルーシーの頭上の空に現れた。

「【極大魔法】……クラウ・ソラス」

 セレナは光を思い浮かべた。それは、アレン。まばゆく、温かく輝く光。太陽のように煌々と輝く巨大な剣が、セレナの頭上の空に現れた。


「いけぇぇぇっ!!!!」


 ルーシーはすべての魔力、気力を込めて、叫んだ。



 ほんの少しだけ覚えているのは、柔らかな温もり。

 魔力と魔力の衝突。打ち勝ったのは、セレナだった。魔力の大爆発により吹き飛ばされたルーシーを受け止めたのは、アレンだった。

「大丈夫ですか……ルーシーさん!? いけない、早く治療しなきゃ」

「……お姫様抱っこ、うらやましい」

「アイリス、そんなこと言ってないで回復薬を……」


 ああ。

 やっぱり、負けちゃったなぁ。遠いなあ。

 でも、少しは頑張れたかな。ねぇ……『おかあさん』。

 かつてそう呼んでいたフレーシアの顔を思い浮かべ、ルーシーは目を閉じた。



「……よく頑張りましたわね、ルーシー」

 映像を切り、フレーシアは息をついた。

 絢爛舞踏の名に相応しい戦いぶりだった。これでもう、彼女は大丈夫。自分の力で歩いて行ける。

 あのぼろぼろの、みずぼらしかった小さな子が立派になった。

 いつまでも大切な、わたくしの──娘。

 フレーシアは思い出に浸り、少しだけ、涙を零した。



「ふ~ん。ヘコんで、暴飲暴食してリバウンドしてるんじゃないかと思ったけど大丈夫そうだね」

 リィンは『ソフィの酒場』でルーシーの姿を見かけ、声をかける。

「大丈夫じゃないですわ。フレーシア様からお借りした魔道具による強化を施した上に、超魔剣のレプリカも全部使って、長年かけて完成させたとっておきの魔法陣も発動させたのに、ことごとくぜ~んぶ破られましたわ。やってらんないですわなんですのあのバケモノ。なんで前よりもパワーアップしてるんですのあれ」

「……へー。でも、“諦めない”んだね」

 ルーシーはにこりと笑う。

「はい。フレーシア様のもとで、またイチから出直しますわ。そしていつの日か……」

 あのバケモノを、バケモノたちを倒し、アレン様を……。


「あ、やっぱりここにいた。ルーシー、今度はわたしと勝負しなさい」

「……げ、アイリス……」

 アイリスの表情はそれはまた恐ろしい。あの時、あんまり覚えていないが、アレンにお姫様だっこされたことにより、彼女にも敵として認定されてしまった。

 今のルーシーにとっては望むところ、なのではあるものの、こうつっかかってこられては身がもたない。


「アイリス。駄目だよ、食事の邪魔をしちゃ」

 アレンが遅れてやってきた。もちろん、その側には鬼エルフの姿。

「アレン様~! アイリスが睨みつけてきますわ~! こわ~い」

「あっ! このっ!」

 ルーシーはアレンの腕に自分の腕を絡ませる。アイリスとセレナの表情が強張る。


 ルーシー、強かになったなぁ。と傍から見ているリィンは思った。そんな“友”の姿にちょっぴり寂しさを覚える。

「でも、し~らないっと」

 リィンは巻き込まれる前にその場から退散した。


 後日。ソフィからルーシーたちがこっぴどく叱られたということを聞いたリィンは、けたけたと笑うのであった。

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