番外編

番外編:ルーシー 絢爛舞踏を継ぐ者(前)

 ハーフエルフの冒険者ルーシー。

 その喋り方は彼女の所属する大ギルドの長フレーシアに似ているため、『キャラ被り』と言われている。なぜ喋り方が似ているのか、理由はある。それはルーシーの育て親がフレーシアそのひとであり、影響を受けたからだ。

 ハーフエルフ。人間とエルフの混血。エルフ族からは忌み嫌われ、人間からは好奇の目で見られる。中央都市とその周囲の町には当てはまらないが、ハーフエルフということだけで差別するという地域もある。またその珍しさから奴隷として高く売られることもあったという。今は奴隷制のある地域でもハーフエルフを取り扱うことは禁止されている。それはフレーシアの功績でもあった。(もちろん、禁を破る輩は存在するのだが)


 ハーフエルフとして生まれたルーシーは迫害され、住む場所を失った。共に追放された両親は賊によって命を奪われた。奴隷として売られたルーシーはその魔力量の多さから、彼女を買った金持ちの魔導士の屋敷で朝から晩まで働かされ、時には魔法道具開発のために人体実験されることもあった。慰みものの愛玩奴隷になるよりはマシだったと今では思うものの、ルーシーにとって過酷な幼少時代だった。

 まともな教育も受けられず、最低限の食事しか与えられず、痩せ細り、飢えた日々だった。終わりなき絶望の日々。それを終わらせたのがフレーシアであった。

 【絢爛舞踏】の二つ名を持ち、力と権力を持った冒険者であったフレーシアは、人体実験をしていると噂されていた、ルーシーを買った魔導士の屋敷を調査。屋敷の秘密を暴き、ルーシーを含む奴隷たちを保護した。当時は正義の人とも言われていたフレーシアは、その蛮行に怒り、その地域から奴隷制を排除するために行動することとなった。


 フレーシアがルーシーを育てようとした理由は『何となく』であった。本人はそう言うものの、ルーシーに惹かれるものがあったのは確かだった。

 ルーシーのその宝石のように美しい瞳に魅せられたフレーシアは、ルーシーを自分の『後継』の冒険者として育てようと考えたのだ。【絢爛舞踏】、その名を継ぐものは美しいものがいい。そう思ったのだ。



「それがなんでこんなだらしない身体になっちゃったの」

「下腹のおにくをぷにぷに揉まないでくださいませんかっ!?」

 リィンがルーシーのおにくを楽しそうにつまむ。

 ルーシーはフレーシアの期待に応えるため、必死に努力した。魔法に武術、冒険者にとって必要なスキルを習得するために日々鍛錬した。フレーシアも目をかけてルーシーを育てた。

「まぁ……フレーシア様に子供ができてから、ほったらかしにされて怠けちゃったんだよね~、ルーシーちゃんは」

「うぅ」

 端的に言うと、ルーシーは“拗ねた”のだった。これまでずっと傍にいたフレーシアが急に遠い存在になり、目をかけてもらえなくなったことによるささやかな抵抗だった。結局、余裕のなくなったフレーシアにほったらかしにされてしまい、怠け癖がついてしまったルーシーなのであった。


「こんなんじゃ、パパに見向きもされないよー?」

「もう……あの御方のことはいいのですわ……。あの二人にはどうやったって勝てる気がしませんもの……」

 とはもちろん、アイリスとセレナのことである。今や中央都市最強とも言われるこの二人を物理的にも心理的にも倒さなければあの御方ことアレンをゲットすることはできない。それは不可能を意味する。

 そもそもアレンのマナに惹かれただけであり、そんなに執着は──あった。きっかけは魅了にも等しいアレンの豊潤なマナだったかもしれない。しかしその全てを包み込むような優しさに触れ、そしてその笑顔に心を奪われた。彼のことを考えない日はなかった。諦めきれない、けれどどうにもならない。そんな悶々とした気持ちを引きずり、やけ酒に溺れるルーシーなのであった。


「やってみなきゃわかんないんじゃない? 瞬間的な火力はあの鬼エルフにも引けを取らないと思うけどなー。鍛え直せば案外ワンチャンあるかもよ?」

「無理ですわ……むーりー」


「無理なんてことはこの世にはありませんわよ、ルーシー!」

「ふ、フレーシア様!?」

 いつの間にかそこにフレーシアがいた。

「あなたならいつかまた自分の力で輝けると思っていたのですけど、甘やかしすぎましたわね。アイリスと鬼エルフに挑戦するのなら、わたくしが力を貸してあげますわ。そうですわね……一カ月あれば、元のあなたのレベルにまで戻せますわ」

 挑戦。

 久しく忘れていた単語だ。

 以前は何でも挑戦した。しかし、それは高みを目指すためのものではなかった。そうだ。ただ、フレーシアに喜んでもらいたかった。それだけだった。


「ルーシー。あなたはあなたの人生をしっかりと歩みなさい。わたくしはいつだって見守っていますわ」

 ああ。そうだ、そうだった。いつだってこの人は見守ってくれていた。家族ができ、その家族を失ってからも、いつも気にかけてくれていた。大ギルドの長となり、他の冒険者の手前、贔屓になるからと距離を置いていたものの、それでもどこか特別扱いされていた。それに甘えていたのが自分だ。いつまでもフレーシアの“小さな”子供のままではいられない。娘として認められたいのであれば、自立しなければ。

 努力してもセレナには届かない。悔しい。四天王との戦いのときに感じたあの悔しさは忘れられない。限界を超えて、強く、美しく。それが【絢爛舞踏】の在り方だったはずだ。自分の限界は、自分で決める。

 ルーシーはようやく決意した。


「……やりますわ。もう一度……頑張ってみますわ!」

 それでこそ、わたくしの娘。フレーシアはにやりと笑った。

 リィンは巻き込まれないように、静かにその場を去っていった。

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