蒼の記憶
凄まじい頭痛。
なんだあいつ。まさかあんな滅茶苦茶なやつだったとは。ドロップに似ているのは外見だけらしい。
ところで……ここはどこだ。あいつの意識の中か。
ジャンのぼやけた意識が、視界が、徐々にはっきりとしてきた。
夜空に赤い月が浮かび、邪悪な気配の星が流れる。あれは──マガツボシ。
いくつもの……怨念だ。
「くそっ! なんだあいつら! 不死身か!?」
「血を……吸ってるのか、あれ」
「ど、どうすりゃいいんだこんなの!」
「落ち着け! 魔法だ、魔法で対処しろ!」
「だめだ! 魔法もきかねぇぇぇ!」
漆黒の霧のようなものが、人の容を取る。
「ふぅん。あいつの軍勢も大したことないのね」
あれは……カミラ! ジャンはその名を呼ぼうとしたが、声は出なかった。
カミラはふん、と鼻を鳴らし、迫ってくる連中を薙ぎ払った。
「違う。これはあいつの軍勢と戦っていた側のニンゲンたちだ」
「あらそう。ま、どっちでもいいわ。どっちも殺すんだし」
無慈悲に剣のような爪を振るうカミラ。それを無表情で見ているこの男は──恐らく、ヴラド。そうか、こいつが……。
黒い霧が次々と地面に降り立つ。そこにはかつてジャンが屠った吸血鬼たちの姿もあった。
これは、やはり槍の記憶。意識の中の世界か。
ニンゲンが、モンスターが、塵屑のように散っていく。血肉が雨のように降り注ぐ。それを見て、吸血鬼たちが嗤っている。
あいつら──許さねぇ。
特にカミラ。あいつはやはり、滅ぼすべき存在だった。あの時、とどめを刺せばよかった。
これは過去の記憶、映像に過ぎない。しかしこうして、カミラがやってきたことを目の当たりにしたジャンは憎悪の炎を燃え上がらせた。
ふと、怒りに呼応するかのように、ぐいと身体が動いた。
鋭い刃が、吸血鬼の一人の心臓を貫いた。
「げぶっ……!? さ、再生……しない……。こ、これは痛み……? ぎゃああぁぁぁぁああぁっ!」
吸血鬼は真紅の炎に包まれ、灰と化した。
「これは──破魔の力か。来たか、我らの天敵」
ヴラドが目を細め、ジャンを、いや、その男を見た。
「おめぇら……許さねぇぞ! オレの仲間を……よくも!」
彼は次々と吸血鬼たちを斬りつけていった。
「ちっ。調子に乗るなよ、ニンゲン!」
カミラが瞬時に男の懐へと潜り込む。直撃を受け、男は遠くの地面へと転がる。
「……おかしいわね。今の一撃なら、ニンゲンの身体ならバラバラになってもおかしくないのに」
地面へと落ちた彼は平然と立ち上がり、カミラたちを驚かせた。
「おらあああああっ!」
男は叫びながら、吸血鬼たちへと向かっていく。その気迫に、吸血鬼たちは圧された。
必殺の一撃を、ヴラドの血の色をした剣が受け止めた。
「この剣は、貴様らニンゲン、一万人分の
「……この野郎ッ! ぶち殺してやるッ!」
「滅ぼしてやるぞ、ニンゲン!」
剣と剣が、ぶつかり合った。
「ヴラドと正面からやりあえるニンゲンがいるなんて……あいつ、本当にニンゲンなの?」
カミラは呆気に取られたものの、すぐに意識を切り替えた。
何もまともにやりあう必要はない。隙を見て、ずたずたに切り裂いてやる。
そんなカミラの腕を斬り落とす者がいた。
「よぅ、不死者ども。随分と勝手をしてくれたなぁ」
紫の髪をなびかせたその男を見て、カミラは目を見開く。
「──屍の王!」
異形の者を束ねる、人外の王。古より生き続け、多くの敵を屠り、屍の上に君臨する不死の王。
「あんたこそ不死者じゃない。同類でしょ、あたしたちの」
「同じにするんじゃねー。おれはおまえらみたいに、生き物の命は吸わねぇよ。ったく、これまで静かにしていると思ったら、急に活動を再開しやがって。【災厄】を持ち込んだのもおまえらだな」
カミラは笑う。
「そうよ。ま、あたしはどうでもよかったんだけど、ヴラドがね。でも、そろそろあんたたちとの決着をつける頃合いだったのかもね」
屍の王も笑う。
「残念。準備不足だったな、おまえら」
「え?」
闇色の空を切り裂く光。それはマガツボシを砕き、地面へと流れる。
「ぎゃああっ!」
悲鳴を上げたのは、吸血鬼たち。そしてそのしもべたち。
光の矢は次々と降り注ぐ。
「この力は……!」
「そう【聖剣】さ。出直してくるんだな」
カミラは舌打ちをした。吸血鬼たちは黒い霧となって飛び去っていく。
「……おのれ。次こそは、必ず」
「次はねぇよ。おめぇはここで、ぶちのめす!」
しかし、剣は空を斬る。
すでにヴラドの姿はなく、後には変わり果てた仲間たちの姿だけ。
血を吸われ、
彼は。蒼い髪の彼は。天を仰ぎ、大きく息を吸った。
「……おめぇら、すまねぇな。先に、あの世で待っていてくれ」
彼は破魔の力で、仲間たちであったものたちを天へと還していった。
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