幽世へ
「おめぇな……転移するなら先に言っておいてくれよ。あれ、酔うんだよ」
ジャンはふらふらしながら言った。それに対し、ユーリはさらりと返す。
「すみません。時間が惜しいものですから」
「……ここは、ダンジョンの中か」
「はい。【ガイア】の20階層です」
「20階層……ふぅん」
ジャンはなんとなく察した。
ここガイアの下層では、世界のどこかに繋がっている【ゲート】があるという。
ガイアの下層は他のダンジョンと繋がりあっている場所もある。ダンジョンを【拡張】させるよりも手っ取り早いからなのか、そもそも拡張させるだけの力が女神に残っていないのか。それはわからないことだった。
それは置いておいて。恐らくこの階層と繋がっている場所が、世界樹とやらの近くのどこかなのだろうとジャンは推測した。
ユーリは彼のその表情を見て、説明は必要なさそうだ、と頷いた。この場所に結界を張っていて、モンスターが入ってこないことも察知しているようだ。ゆえに、ガイアの20階層にいるにも拘わらず、この落ち着きぶり。
このジャンという冒険者は、並ではない。ユーリはそれを見抜いていた。
のらりくらりしていて、不真面目。見た目と言動からそう感じられるが、その中身はまるで別物だった。
思考速度が恐ろしく早い。それはこれまで死の淵ぎりぎりで戦い抜き、生き延びてきたことによる判断の早さもあるのだろう。仮説と検証。生きる道を探るために常に思考を繰り返し、そして瞬時に最適ルートを辿らなければ次の瞬間には命を落としているかもしれない、そんな世界でジャンは生きてきた。
何食わぬ顔しているように見えて、常に自分の置かれている状況からあらゆる
彼は戦いの天才ではない。何かに秀でているわけでもない。破魔の槍は確かに強力な武器だが、万能ではない。
超越者を倒すために。生き伸びるために。彼は何度も死の淵から立ち上がってきた。それが彼を強くした。
「ここは今、世界樹様に最も近い場所です。破魔の槍の力と私の力を共鳴させ、【幽世の門】を開きます。私はそこを通り、世界樹様の意識のもとへ。あなたは破魔の槍の意識のもとへと向かってください」
「ああ。わかった」
すん、とした感じで言うが、すべてを承知で覚悟の上のその返事だった。
意識を切り離して入り込むその世界で何かあれば、二度とこちら側には帰ってこられないだろう。
「……では、始めます」
「頼む」
会話は、それだけだった。
ユーリがぶつぶつと何かを唱える。その声は反響する。視界が歪む。
眩暈がしたと思ったら、突然の浮遊感。
浮かび上がった……と思ったら、今度は落ちていく感覚。
ぐるぐると廻り、回り。青空が、星空が、海が、草原が、景色が次々と変わっていく。
気がついた時──ジャンは、戦場にいた。
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