いってらっしゃい
「ジャンさん~! おかえりなさい!」
笑顔で出迎えたのはドロップだ。エプロン姿も似合っている。
やはりかわいい。うちの嫁が一番、そして最強にかわいいな。ジャンは毎日思った。
「ごはんできてるよー! あ、それともお風呂先にする? それともわ・た・し?」
「どこでそんなの覚えてくるんだよ……。ご飯にしよう。腹、減っちまったよ」
「おっけー!」
いつも冷たく、静まり返っていた我が家が……今はどうだ。明るく輝いて、そして暖かい。
槍が、少しだけ震えた。それは危機を告げるものではない。槍からの問いかけだった。
うるせーな。わかっているよ。すぐに、答えを出すから──待っていろ。ジャンは槍を強く握った。
「それで、何があったの……ジャンさん?」
食事を終えた後で、ドロップが切り出した。
「え? 何がって……」
「くら~い顔してる。何かつらいこと、あったの?」
顔に出てしまっていたか。ジャンは少しだけ笑った後で、口を開いた。
災厄。吸血鬼の真祖。再びこの地に危機が迫っていること。
そしてそれと戦うことに迷っていることを、ジャンは告げた。
「オレは……初めて、人生の中で大切なものができた。それがお前だ、ドロップ。オレはこの幸せな時間を壊したくない。真祖ヴラドとやりあえば、無事に帰ってこられるかどうかわからない……オレは、怖いんだ」
以前ならば、死は怖くなかった。死を恐れずに戦えた。しかし今は、怖い。失うのが、怖いのだ。今、ヴラドと戦っても、以前のように戦うことなんてできやしない。ジャンはそう感じていた。
そんなジャンを、ドロップが優しく抱きしめる。
「でも、ジャンさんは戦うんでしょ? 知ってるよ」
あなたはそういう人だから。ドロップがジャンの耳元で言う。
「大丈夫。ジャンさんにはわたしがついているから。つらくなったら思い出して」
独りだから、強かった。立ち向かえた。そう思っていた。
いまはどうだ? 守るべきものがある。失いたくないものがある。
……災厄から、ヴラドから逃げても、やがてその危険は自分たちに降りかかってくるだろう。対処が遅れれば遅れるほど、ドロップにも危険が及ぶことになる。そんなこと、許しておけるものか。
これまでの原動力であった『怒り』とは別の感情が、ジャンに力を与えた。
ジャンはドロップの手を握る。
「……ありがとな、ドロップ。オレを、オレの戦いを、見守っていてくれ」
ドロップは答える代わりに、ジャンにキスをした。
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