ジャンの迷い

「これであいつらに利用されなくなったとは言え……厄介事が消えるわけじゃねーんだよなー」

 ドロップとの生活を脅かす障害の一つが消えただけに過ぎない。

 残る問題は、一人で解決するにはあまりにも大きい。しかし、やらなければならない。


「ジャン。俺も手伝う。ソフィも協力してくれる。一人で抱え込むな」

「……気持ちはありがたいが、敵は規格外。加えて【災厄】も発生しようとしている。こっちも規格外のやつら揃えねーと、太刀打ちできねー」

 規格外のアレンやアイリス、セレナといった面子も、今、この大陸にいない。新婚旅行だとかいって、別の大陸に行ってしまったからだ。そもそも彼らを巻き込むつもりはなかったが……それでも彼らなら異変を察知し、駆けつけてくれていただろう。


「ドラゴンバスターズはどうだ?」

「団長の……オーランドっていったっけか。あいつくらいだな、この問題に対処できるのは。それこそ、ソードマスターみたいな規格外というか埒外のヤツの力が必要になるかもしれねー」

 どうにもならない相手。だからこそ、ここまで放置されてきたのだ。災害と同じく、起きてしまったら抗う術はない。


「……セシルを呼ぶか」

 その名前を聞いた瞬間、ジャンの全員に鳥肌が立った。

「あのイカれたバケモンをか!? じょーだんじゃねー!」

「しかし彼女は最強のヴァンパイア・ハンターなんだろ? すでに動き出していてもおかしくないが……」

 セシル。少しでも裏の世界に足を踏み入れた者なら、その名を知らぬ者はいない。

 ソードマスターにも喧嘩を売るほどの好戦的な、【吸血鬼殺しヴァンパイア・キラー】。オーランドやユリアとはまた違った強さを持ち、状況によってはその二人を同時にしても打ち勝つことのできる戦闘狂。血に飢えた狂人。

「た、確かに……。だったらあいつひとりでいいんじゃねーかなー……会いたくねーし」

「しかしいくら彼女でも、吸血鬼の真祖を完全に打ち滅ぼすことはできないんじゃないか?」

「……たぶん、な。とにかく、おめぇはソフィ様と共に人を集めてくれ。場合によっちゃ中央都市も戦場になりかねない」

「わかった」

「オレも一旦戻って、準備をする。この槍の真の力を解放するための……な」


 破魔の槍の、真の力。

 これまでの槍の持ち手は、その力のすべてを発揮させることなく、戦いの中で命を落としてきた。または発狂し、自らの命を絶った。正気を保つことが難しいほど、過酷な戦いに身を投じなければならない、それがこの槍を持つ者の宿命なのだ。


 ヴラドを倒し、そしてワルプルギスの夜を消滅させるためには、この槍の力をすべて引き出さなくてはならない。何に代えても、成し遂げなくてはならない。


 しかし。

 ジャンはドロップを想った。

 手にした幸せを、壊したくない。

 戦うのか。戦わないのか。今のジャンには答えが出せなかった。


 彼は、ドロップのもとへと向かった。

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