インとヤン
「よウ。お目覚めだナ、ジャン」
「おめぇは……」
闇ギルドに所属する冒険者の一人。本名は知らない。確か誰かに“ヤン”と呼ばれていたことは記憶している。
「生きていたんだな」
「アア。あの騒動で闇ギルドは壊滅。かろうじて生き延びたオレたちは地下に潜伏し、再起するための力を蓄えているのサ」
「へっ、そうかよ。そういや結局よくわからなかったんだが、闇ギルドの目的ってそもそも何なんだよ。何しようとしてたんだ、おめぇら」
「世界平和」
「はぁっ!?」
「世界は均衡を保っているように見えて、各国、着々と戦争の準備を進めていル。冒険者を利用して、ナ。すでにあちらこちらで争いは始まっていル。罪のない民が苦しんでいル。我々の目的はただ一つ。苦しむ民を救イ、世界を統治することダ。争いのなイ、平和の世界を実現することダ」
「そ……」
思った以上に大層な思想を掲げていた。闇ギルドなんて呼ばれているから、何かもっと、とんでもない悪いことをやらかそうとしているものばかりと思っていた。
いや、とんでもないことか。結局は彼らは、犯罪にも手を染めてまで手にした力と金を行使し、世界を統治するための争いを仕掛けようというのだ。これはたまったものではない。
「一時は苦しむ人は出るかもしれないガ、すぐに我々が救援すル」
「まぁ……やれるかどうかは別にして、好きにすればいい。だが、オレを巻き込むんじゃねー」
「その件ト、今回オマエを呼んダ件は別ダ」
つまりは、どちらにしても面倒事というわけだ。ジャンはげんなりした。
──殺気。ジャンはひらりとそれを回避した。
「おっ? 直前まで殺気を消していたのに、やるアルね。結婚して腑抜けていたと聞いていたのに、鈍っていないみたいネ」
「おめぇ……いつの間に天井に張り付いていやがった」
刺繍布をつけた礼服──中の国と呼ばれる大陸の民族衣装だとか何とか、を着た少女が音もなく床に立った。少女に見えるが、実年齢は60を越えていることをジャンは知っていた。そして名前が確か“イン”。これも本名かどうかはわからなかった。
「ジャン。顔が変アル。あ、元からネ」
「うるせー。ちょっかい出してこねーでさっさと要件を言え要件を」
「待つアルよ。まだ“ボス”が来てないアル」
「ボスだと?」
闇ギルドのギルドマスターのことか。ジャンは一度もその姿を見たことがない。闇ギルドの一員でも、その姿を見たことがある者は一握りだという。
これまでさんざんこき使ってくれたヤツがどんなツラをしているのか、ようやく拝めるのか。ジャンは近づく気配に、少しだけ胸を躍らせた。
そして現れた男の顔を見て、ジャンは凍てついた。
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