セレナとルビー

 セレナはレッドドラゴン【ルビー】に、マナを通して語りかける。


『あなたは……ドラゴンは【裁定者】と言ったな。我ら一族は裁かれなければならなかった……ということか』

『いえ。あなたがたはわたしの巻き添えになっただけです。わたしたちは生きている災害のようなもの。あなたがたの言う【災厄】とは紙一重の存在。意思があるかないか、その程度の違いでしかないかもしれません』

 マガツボシに汚染された不浄な森は、そのまま放置しておけば新たな災厄となる可能性があった。ルビーはそれを焼いたのだ。

 ドラゴンは他の生命の生き死にに無頓着……というよりも大雑把にしか物事を“認識”できない。邪悪に対してのみ敏感に反応する機構は持っているものの、自分の行動に対する結果が何を引き起こすのか想像もできない。


『本来はこうして意思を疎通することもできません。あの魔石の樹……闇の世界樹【クリフォト】が現れたことにより、させられたのです。他のドラゴンを率い、アレを破壊するために』

 セレナはやり切れない想いだった。

 そう、このレッドドラゴンに悪意があったわけではない。マガツボシが生まれた結果、このドラゴンは現れ、脅威を排除したに過ぎない。

 故にその事態を引き起こすきっかけとなったのは、やはり自分たちにあるのだ。


『あなたたち一族には申し訳ないことをしました。世界のマナを管理してきた古い一族を滅ぼしてしまったのは、大いなる過ちです。詫びたところでもはや取り返しもつきませんが……。しかし、一族の復興は可能です』

『え?』

『遠い地の森に、あなたの一族が集落を作り、今も生きています。このような万が一の事態に備え、あなたたちの一族は分かれ、別々の地で過ごすことにしたのです。事態が無事に収束すれば、わたしがあなたをそこへ案内しましょう』

 一族は、滅びていなかった。

 よかった。わたし一人では……ないんだ。


『それがわかっただけで、いい。わたしは……この地で、共に生きたいひとがいる。だから、行かない』

 ルビーはセレナの意識に、ある男の姿がはっきりと浮かぶのを見た。

『マナに愛される者。光の子。しかしあなたたち一族は、本能的にニンゲンを拒絶するはず。どうして……』

 いかにそのマナに惹きつけられるとは言え、あり得ないことだった。

 しかも今、彼はそのマナの大半を失い、彼女にとっては何の魅力もないはずなのに。

 意識の世界が、アレン一色に塗りつぶされていく。ルビーは初めて“畏怖”という感情を覚えた。


『わたしは、彼を心より愛している。種族なんて、関係ない。心が、魂が彼と一つになりたいと叫んでいる。この感情、あなたにはわからないだろう』

 愛。

 いや、これはそれとは異質のように思える。

 彼女の中にあるモノはもの凄い熱量を持っている。それが彼女にかつてない力をもたらしている。以前、自分に向かってきた時とは比べ物にならないくらいに。

 これもまた、想いの力なのか。

 

 そうか。

 があるから、エルフとニンゲンは交わらないようなを……。


『どうした、ドラゴン。わたしという異分子を、排除するか?』

『……いえ。今のこの世界にとって、我々のような存在こそが異分子。裁定者としての役割も、もう終えるべき時が来ているのかもしれません』

『ならば、今度は自由に生きればいい。冒険者のように』

『……自由に……』

 生きて、いいのか。役目から解き放たれて、自由に。

 そういえば、いつの間にか“枷”がない。覚醒したとはいえ、自力であれを破る術はない。クリフォトが現れた影響で、理が壊れ始めているのか。それとも──。

 

 自分で物事を見定め、生きる道を拓いていく。

 そうか。一個の生命として、この世界で……生きよう。


『あなたたちが闇を閉ざすのを……期待して、待っています』

『任せろ』


 そしてセレナを乗せた飛翔船も、空へと浮き上がり、駆けていく。

 ルビーは目を細め、それを見送った。

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