光と闇と

ブルー、散る。

 “闇の世界樹”と化した中央都市の中。

 黒い水晶があらゆるものを覆いつくしている。建物も、人も、水晶の中でその時を止めている。

 かつて賑わっていた中央都市の姿は、もう、どこにもない。


 ユーリは黒いマナが、この大陸中にじわじわと浸食していくのを感じた。それはやがて世界を覆いつくすだろう。

 はやく止めなくては……世界の理が、壊れてしまう。



 ──ぞくり。


 異様な気配に、ユーリが足を止める。皆もそれに気づいて止まった。


『──ミツケタ』

 魔獣となったルーが、ついに冒険者グレイを見つけ、くぐもった声で笑った。

「よぉ、また会ったなぁ」

 グレイもう、人の姿かたちをしていなかった。マガツボシの一部を取り込んだグレイは、醜悪な異形のモノと化していた。

 灰色の肉塊には無数の青い目。腐敗臭を漂わせ、不気味に蠢いている。

 黒いアラクネとその子たちが、肉塊を囲む。

『あらぁ。いいにおいのエサねぇ。これを喰らえば、まだまだ強くなれそうねぇ』

「ひゃはははは。喰わられるのはてめーらだよ」

 灰色の肉塊から触手が伸び、アラクネの子たちを貫いた。

 アラクネの子たちの身体が、一瞬にして干からびる。

『ゴォォオオォオォオ!』

 ルーが叫び、鋭い爪をグレイであったものに突き立てる。泥水のような血が噴き出し、ルーの身体を濡らし、溶かしていく。それもすぐに再生していく。


 異様な光景を前に、誰一人として動けずにいた。


「アレンさん。アレは私が決着をつけなければならない者たちです。ここは引き受けますので、先に進んでください」

 色濃い闇のマナが漂うこの場所では、他のマナを思うように引き出せないかもしれない。中心部に進むほど、闇はより濃く、自分が役に立てることはなくなっていくだろう。ならばここで、自分にやれることをやるべきだ。ユーリはそう判断した。


「いくらなんでもひとりは無茶だ。オレもやる」

「ぼ、ボクも……」

 キースとニコル。ユーリはこの申し出を拒否しようとしたが、思い直した。

 、やりようがあるかもしれない。


 ユーリが前に踏み出した。肉塊の無数の目が一斉にユーリを捉える。

「おやおや、これは世界樹の護りびとサマ。また会えてうれしいぜぇぇぇ」

「こっちはもう、てめぇの不細工なツラぁ、見飽きたけどな」

 ユーリの右眼が、燃える。

「そういうなよぉぉぉ。なぁ、おまえらぁぁぁ」

 ぼたり、ぼたぼた。ぼたり。

 グレイの灰色の身体から、肉片が落ちた。それは人の容を象る。

 その中に見知った顔を見て、ゲイルは青ざめた。


「く……クルス!?」

 行方不明になっていたクルス……いや、それはもう、クルスではなかった。

「あ……あぁぁ……」

 かつてクルスであったものは、灰色の人型を引き連れて、ゆっりと歩く。

「……こんな……こんなことが……許さん!」

 ゲイルが風の魔力を纏った。


 幼いころからの腐れ縁だった。親友だった。

 酒を飲みかわし、夜が明けるまで語り明かしたことは数知れず。

 こんな別れ方をすることになるなんて、考えたこともなかった。あんまりだ。ゲイルは憎しみの目を、グレイに向けた。

 

「ひゃははは! いいねぇ、その顔。憎め、憎め、憎め! それが俺の力となる!!」

 灰色の人型は、まだまだ生み出される。その中に、見知った顔を見つける度、ゲイルの心は張り裂けそうになった。

 いけない。このままでは吞まれてしまう。

 ユーリが手を打つ前に、ゲイルは飛び出した。

「ダメ! ゲイルさん!」

「ひゃははははははは! もう遅いぜ。そぉら」

 グレイが灰色の人型を、触手で投げた。


「──あぶない!」

 ブルーがゲイルの前に飛び出した。


 ゴゥン。



 黒い爆発が起こり、ブルーの青い液体が……飛び散った。


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