悪意、消滅

「……ブルー!!!!」

「なんだぁ? いまのスライムは? まぁ、いい。次はだれにしようかなぁ」

「く……!」

「アレンさん! はやく……行ってください。ここで時間を取られるわけにはいきません」

「いかせるかよぉぉぉ。んぐっ……おおおおお! いてええぇぇ」

 グレイの肉に、氷の刃が突き刺さる。再生しようとする傷口は、炎で焼かれた。


 信じて。そう、ユーリが頷いた。そしてアレンもまた、頷いた。

 この場をユーリに託し、アレンたちは走り出した。


 

 グレイの肉にアラクネの子たちがかじりつく。

 灰色の人型たちが魔獣ルーに向かって緑色の体液を吐きかけた。じゅうじゅうと嫌な音と共に白い煙が立ち昇る。

 混戦。これはユーリたちにとって都合のよいことだった。


「キースさん。【危機感知】を役立ててください。その感覚を、信じて。ニコルさんと一緒なら、活路を見出せます」

 言われずとも、キースはそうするつもりだった。

 ここで名乗りを上げたのも、ここならば活路を見出せると思ったからだ。アレンたちが向かった先は、今の自分にとってはあまりにも“危険”。【危機感知】はそう告げていた。

 早速、嫌な感覚が背後から迫っていた。

「ぴぃぃぃ!」

 ニコルのアイテムカバンの中に入っていたメタルラビィが、鉄球となって飛び、アラクネの子たちの頭蓋を砕いていく。

「……ん? なんか、増えてないか?」

 キースに言われて、ニコルは気づいた。

 凄まじい速度による残像……ではない。鉄球はふたつ存在していた。

「きゅう」

 ──メタル、スライム。初級ダンジョン【ムツキ】で遭遇した個体よりも小さい。

「どうしてメタルスライムが……」

 あの時、砕け散ったメタルスライムの一部がメタルラビィに付着しており、時間をかけて再生したのではないかと、キースは推測した。単にメタルラビィが連れてきた別の個体かもしれないが、それは誰にもわからないことだった。


 “幸運”は続く。

 ここにきて、ニコルが新たな魔法を発現したのだ。

 それは【神聖魔法】。本来であれば女神を信仰する聖職者のみに発現する魔法である。ニコルの場合、元女神のソフィと『契約』を交わしたことが、その発現のきっかけとなったようだ。

 それは邪悪を祓う力。グレイから生じた灰色の人型たちは神聖魔法を受けて消滅していった。


 なんて都合のよい展開なのだろう。ユーリは思ったが、これはニコルだけの力ではない。キースだ。この二人の組み合わせが思わぬ相乗効果を生み出している。

 キースの”何か”が作用して、ニコルは【幸運体質】を発現している。それが何なのかまではユーリにはわからない。しかし、これにより活路が見出すことができた。

 神聖魔法の効力で、グレイが弱っている今。一気にケリをつける。ユーリは意識を切り替えた。


「はっはー! 久々に全力でやれるな! いくぜゲテモノどもがぁっ!」

「てめぇぇぇらぁぁぁ! 全員、ぶち殺す!」

 次々と灰色の人型が生み出される。

 ゲイルが風の刃で、それらを切り裂いていく。

 やめてくれ、ゲイル。おれたちは仲間だろ?

 灰色の人型たちは、ゲイルに語りかける。耳を塞ぎたくなる。目を覆いたくなる。

 すまない。みんな、助けてやれなくて、すまない。ゲイルは泣きながら、謝りながら、風の魔法を撃ち続けた。


 そして。

 ゲイルは、クルスであったものの首を、刎ねた。



「我は紅蓮。我は煉獄。全てを焼き尽くし灰に帰す者なり。我が名は炎帝イフリート。其の魂を焦がし、我に捧ぐべし」

 右眼に宿すは炎の精霊。ユーリの主人格は、その封印を解き放った。

 真紅の炎が、グレイを包み込む。

「ぎゃああああぁぁぁぁっ!!!! な、なんだこの炎は……き、消えねぇ!」

 グレイは自身に向けて水や氷の魔法を放つ。しかし、炎は消えることなく、グレイの灰色の肉を焼いていく。

 炎がさらに勢いを増し、グレイを喰らい、飲み込んでいく。

「い、いやだぁぁぁぁああぁ!! し、死にたくねぇ! た、助けてくれ、護りびとさまぁぁぁあぁぁ!」

「てめぇはそうやって命乞いをするヤツを、一体何人踏みにじってきたんだろうな? これでしまいだ、冒険者グレイ」

「──ひゃはははは! ひゃははははっははは! あーあーあ。ようやくこのクソみてぇな世界をぶっ壊せる力を手に入れたってのによぉ。まぁ、護りびとサマに殺されるならいいか。俺のこと、覚えておいてくれよな。ひゃはははっは!」

 そしてグレイは、跡形もなく消滅した。


「覚えておいてやらねぇよ、屑野郎が」


 次は──ユーリは魔獣ルーの方を向いた。

 森人たちの仇であるグレイが死んでもなお、ルーの中の憎しみは膨れ上がるばかりだった。

『オオオォォオオオ……!!』

 魔獣ルーが咆哮する。

 どうにかして彼を元に戻す術はないだろうか。ユーリは探ろうとしたものの、彼の中にはドス黒い復讐心しか残っていなかった。

 救えなくて、ごめんなさい。せめて、苦しまないように。ユーリはルーの“核”めがけて渾身の力を放った。



「……ありがとう。さようなら、ユーリ様」



 その音は、そう聞こえた。


 それは都合よく、自分の中で作り出した幻聴だったのかもしれない。それでもユーリは、ほんの少し、ほんの少しだけ……救われたような気がしたのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る