ジャンとドロップ

 ──その日。


 目覚めたジャンは違和感を覚えた。

 なんだろう。雪の、冷たい空気を感じた気がした。懐かしくも、せつないこの感じは、少しだけ鼻にツンときた。


「って、あいたたた。全身筋肉痛だなこれ。ミノさんめ、こき使いやがって」

 破魔の槍の力を使いすぎて疲弊しているのに、中央都市の復興に駆り出され、休む暇もなかった。やるべきことは山のようにあった。本当に面倒なことを起こしてくれたものだ。


 思えば、ここまで色々なことがあった。今日くらいはさぼっても文句は言われないだろう。そうだ、そうしよう。少し、疲れちまったしな。少し、休まなきゃな。そしたら、また……。


 いつまで戦い続ければいいのだろう。

 この日々に終わりは来るのだろうか。

 どれだけ傷ついても、疲れても……戦い抜く。たった独りでも、ずっと、ずっと……。


 ああ。

 疲れたなぁ。

 寂しいなぁ。


 考えるな。吞まれるな。まだ、ここで降りるわけにはいかない。そうだろ?

 ジャンは槍に問いかける。



 ……。



 やけに静かな朝だった。槍も沈黙している。

 

 本当に静かだ。

 それが、このどうしようもない虚しさを倍増させているようだった。



 ふと。陽の差し込む窓へと目をやる。

 何か違和感が──。


 ──ない。窓際の鉢植えから、スノードロップが消えていた。

 花泥棒? そんなわけないか。しかし、一体どこへ消えるというのだろうか。



 予感に、ジャンの胸が高鳴る。



 ぎゅ。



 背後から抱きしめられ、ジャンは驚き、声をあげそうになった。

 それが誰なのか、ジャンにはすぐにわかっていた。わかっていたものの、信じられなかった。


 これは、夢だ。だとすれば、なんて幸せな夢なんだろう。

 この筋肉痛さえなければ最高なのにな。


 ──いや、夢なんかじゃない。この確かな温もりは、夢であるはずがない。

 ジャンは涙をこぼした。“彼女”もまた泣いていた。



「……ジャンさん、ただいま。わたし、帰ってきたよ」

「……ああ。おかえり……ドロップ」


 二人は抱き合い、そして笑いあった。

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