女神ソフィ

 中央都市の復興は、驚異的な速度で進行した。

 各地から集まってきたミノタウロス。そしてドワーフたちがその【スキル】を存分に発揮した。世界中から物資は届き、何もかも失った人々へと供給されていく。


 黒い世界樹に取り込まれていた一部の人々は無事だった。

 失われた命は数多く。悲しみは消えることはない。それでも人々は前を向いて、生きていく。明日を見られなかった者たちのためにも、新しい明日をつなぐために。



「ゼロからのスタートじゃな」

 ソフィがぽつり、と言った。

「……わたくしはもう、ギルドマスターをやめますわ。もう、疲れてしまいましたわ。あとはあなたが……」

「いいや。わしこそもうギルドマスターはごめんじゃ。ホントは冒険者をやりたくて転生したようなもんじゃからな。わしはな、フレーシア……おぬしのような冒険者になりたかったのじゃよ」

「え……」

 ソフィはほほ笑む。


「【絢爛舞踏】のフレーシア」

 その二つ名を聞いた途端、フレーシアは赤面した。

「そ……その二つ名……久々に聞きましたわね」

「わしが転生を決意したきっかけじゃ。わしはおぬしに会いたくてな……」

「なにを適当なことを……」

「適当なものか。わしはおぬしのファンなのじゃよ。冒険者をやめてしまってからも、わしはずっとおぬしのことを応援しておったよ」

「……わたくしはあなたを信仰してましたのよ。あなたに……あなたのような女神になりたくて、わたくしは……」

「お互いに想いあっていたということじゃ。すれ違ってしまったがの。それでもわしは、いつでも……おぬしの力になりたいと願っておる」

 憧れ、追い求めていた存在はただの人間に成り下がった。しかし、その存在は自分に憧れていたという。フレーシアは複雑な心境になるものの、嬉しい気持ちが込み上げてきていた。


「そんなあなたを、わたくしは足で踏みにじりましたのよ?」

「こんな頭なら、いくらでも踏みつけるがよい。力になるどころか、迷惑ばかりかけてしまったのじゃからな。しかしこれからは違う。必ず、おぬしの役にたってみせるぞ」

 やはり、どこまでも……まばゆい。

 誰かを恨むこともせず、ただ、無償の愛を注ぐ存在。そういったものに、自分もなりたかったはずなのに。

 もう一度、やり直そう。このひとの元でなら、また歩き出せる。

 フレーシアはソフィの前で跪いた。

「……また、わたくしを……お導きください。ソフィ様」

 ソフィもまた跪き、その手を握る。

「導く者はもういらぬ。共に新たな世界を築き、共に歩いてゆこう」

「……はい!」

 二人は微笑んだ。


 そして。

「クライムよ、フレーシアを支えてやってくれ」

「貴女は……本気ですか? 私を生かしただけでなく、またこの中央都市でギルドマスターをさせようなど……愚かにも程がある」

「愚かで結構。おぬしにはもう何の力も残っておらぬであろ?」

「……この地で亡くなった冒険者とその家族は私のことを一生許さないでしょう。あまりにも多くの命が失われました。フレーシアさんにもひどいことを……ほら、あの目」

 鬼の形相のフレーシアが遠くから見ている。

 クライムもまた、彼女の過去の姿を知っている。あの気迫は現役時代の頃から変わっていないな、とクライムは震えた。


「あの日起きたことを正しく把握できておる者はわしらくらいなものじゃろうが……許さないとしたら、それはおぬし自身。まぁ、フレーシアからは散々罵られるとよいわ。死ぬまでこき使われて、罪を償え。償い続けろ。一生を懸けて」

「……死んで終わりにはさせないとは、厳しいですね」

「人の身であがいてみせよ。世界は変わる。変えられる。ここから、始めるのじゃ」

「……はぁ。胃が痛いですね」

 クライムは胃薬を取り出し、口に放り込んだ。


「あ、ふくだんちょー! こんなところで油売ってないで! だんちょーが呼んでますよ!」

 シータが遠くからでもよく聞こえる大きな声で言った。

「あっちもこっちも……これはもう、どこから手をつけたものやら」

「自業自得じゃ」

肩を落としてとぼとぼと歩いていくクライムを、ソフィは笑いながら見送った。


「しかしまぁ……これでよかったのかのー……」

 これですべてが丸く収まるわけではない。何もかも元通りというわけにはいかない。

 この判断が良かったのか悪かったのかわからない。ただ、皆を、未来を信じるだけだった。


 頭を抱えて唸るソフィの肩に、ルシードがそっと手を置いた。

「きみは、きみの信じる道を行けばいい。それが、それでこそソフィなんだ。俺はそんなきみを誇らしく思うし、そんなきみだから、好きなんだ」


「……す、き? え? え?」


 ルシードは笑い、ソフィを両手で持ち上げて、そしてぎゅっと抱きしめた。

「わ、わしで……いいのか? こんなちんちくりんのわしで」

「きみがいいんだ」

 二人は笑いあい、そして顔を寄せあった。

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