おかえり。
子供が膝を抱えて、震えて泣いている。
「こんなところで……どうしたの?」
アイリスが声をかけると、子供は顔をあげた。
──アレンさんだ。アイリスにはすぐにわかった。
ここにいるのは彼しかありえないことなのだけれど、あまりにもアレンをそのまま小さくしたような容姿なので少しだけ笑ってしまう。
嬉しくて。アイリスは涙をこぼしそうになる。
「大切なものを、なくしちゃったんだ。でも、それが何か、思い出せないんだ」
空が崩れ落ちていく。
アレンの意識の世界が、記憶が消えていく。みんなとの繋がりが、消えてしまう。
「帰りましょう、アレンさん。みんなが、待ってる」
「いやだ! 外の世界は、怖いもの。みんな、ぼくをいじめるんだ」
アイリスは執事ローレンスに聞いたことがあった。昔のアレンを知りたかったからだ。
アレンは幼い頃、いじめられて家に引きこもっていたことがあったという。そんな彼に、ローレンスは『冒険王の物語』を渡した。彼は目を輝かせ、そして冒険王のような立派な人になりたいという夢を描くようになった。外の世界に抱いていた恐れは、希望となった。
その”記憶”が、アレンに伝わった。
「冒険……王? 思い出した。僕が、なりたい人のことだ」
「そうよ、アレンさん。貴方は、冒険王になりたくて、それで冒険者になるのよ」
「……でも、ぼくは、お父さんのお店を継がなきゃいけないんだ」
「それでも貴方は、夢を抱き続けた。そして今、貴方は冒険者になった。思い出して、みんなと一緒に、冒険した日々のことを」
空の、記憶の崩壊が止まった。
白黒の世界に、光が差し込んだ。
「……おねえちゃんは、誰なの? どうして、ぼくよりもぼくのことを知っているの?」
「わたしはアイリス。貴方のことをよく知っている人よ。ううん、まだよく知っていないかも。もっと、貴方とお話がしたい。貴方の色々な顔を見たい。わたしはもっと、貴方のことを知りたい」
「……どうして?」
「それはね。わたしが貴方のことを──好きだからよ」
アイリスの目から涙が溢れた。アレンもまた、その目から涙をこぼしている。
「アレンさん。好き。大好き。わたしは貴方のことを、愛してる」
記憶の世界に、色が戻った。
祝福の雷が、鳴った。
アレンは大人の……元の姿となり、アイリスの手を握りしめていた。
何もなかった世界に様々な風景が広がっていく。記憶が、思い出が、次々と繋がっていく。
皆の姿が浮かび上がる。
「……みんなが、呼んでいる。声が聞こえる」
「そうよ。みんな、待ってる。帰りましょ、アレンさん」
「……うん。ありがとう、アイリス」
暖かな光の中で、二人は抱きしめ合った。
そして──。
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