光の道

 気がつくと、白い森の中をアイリスは歩いていた。


 誰かが泣いている声がする。


「……エクレール?」

 聞き覚えのある声に向かって、アイリスはその名を呼んだ。

 すると目の前に、朧気な姿のエクレールが現れた。


「アイリス……おねがい。アレンちゃんを助けて。アタシの力を、あげるから……」

 エクレールの姿が、えた。いや、傍にある。温かな光を、アイリスは身近に感じた。


 大丈夫。

 きっと、連れて戻るから。だから、もう泣かないで。アイリスは心の中で、エクレールに語り掛けた。


 静かだった。

 白い景色は風に揺られてさらさらと砂のように崩れていくが、音は何もなかった。


 しばらく歩くと、巨大な扉が現れた。

『これからその扉を、おれが無理やりこじ開ける。開けられるのは、ほんのわずかな時間だけだ。おまえが通り抜けてその扉が閉ざされたあとは、もう、こっちから干渉はできねぇからな』

 セブンの声が聞こえた。

「行くわ。開けて」

 躊躇うことなく、アイリスは言った。

 扉が開いた。アイリスは走り、扉をくぐる。


 ──。


 そこも色のない白黒の、そして音もない静寂の世界が広がっていた。

 凍えるように寒い。それでいて、肌が焼けるように痛む。

 五感も狂うものの、アイリスはそれを『調整』できる身体能力を持っていた。

 

 こんなところで、アレンはひとりきり……。はやく彼を見つけなければ。しかし、どうやって?


『つながりを感じて』

『ねーちゃんならできるはずだ』

 エクレールと白雪の声が響き渡った。


 つながりを、感じる。アイリスはアレンのことを想った。


 会いたい。会って、またあの笑顔を向けてもらいたい。

 話がしたい。手をつなぎたい。温もりを、感じたい。

 失いたくない。ずっと一緒に……いたい。


 ねえ、アレンさん。貴方にとって、わたしはどんな存在なの? 今、わたしがここにいることを感じてくれているの? お願い、声を、聞かせて。


 光と光の線が、つながった。


 ──見えた。


 淡い光の道。それをアイリスは辿った。

 彼はきっと、この先にいる。


 歩いて、歩いて、歩き続けた。

 何日も何日も。

 何か月も。

 何年も。

 その精神世界では時間の概念というものが存在しなかった。

 アレンの導きがなければ、アイリスは発狂していたかもしれない。


 あらゆる感覚が、なくなっていく。寒い。痛い。冷たい。それでもアイリスは、アレンのことを想い、歩き続けた。


 意識が遠のく。意識が、消えてしまう。

 アイリスがアイリスであることをつないだのは、光だった。弱々しい光。アレンとのこの繋がりだけが、彼女を彼女として存在させた。


 呼んでいる。

 アレンさんが、わたしのことを呼んでくれている。

 だんだん、近づいている。


 光が、つながりが、強く結びついた。

 温もりが、アイリスに力を与えた。



 いきなり、巨大な扉が現れた。最初にくぐった扉よりも分厚く、巨大なものだった。

 扉は固く閉ざされている。この先にアレンがいる。しかし、扉を開けることができない。渾身の力を込めても、扉はびくともしない。

 アイリスは途方に暮れた。拳が砕けるまで殴りつけても、扉はやはり閉ざされたままだった。



『ふはは。貴様の馬鹿力も、これの前には無意味だな』

 あいつの……魔王の声が、聞こえてきた。その声色はアレンとそっくりだった。


『そう警戒するな。なに、こやつにこびりついた、余の残滓よ。消える前に貴様が来てくれてよかったわ』

 一体、何を──。

『余はこやつを基に造られたモノ。宿る記憶の一部はこやつのものだ。それが、この扉を開く鍵となるのだ』

 アイリスの手に、鍵が落ちてきた。

 それを、鍵穴に差し込む。


 扉が……開いた。


『そやつを……アレンを救え、アイリス。そしてこの世界の未来を──貴様らが──』


 声は消えた。


 言われなくても、救ってみせる。必ず。

 アイリスは扉の中へと足を踏み入れた。


 ──そして彼女は、ついに見つけた。


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