蒼穹のジャン

「よぅ、カミラ。終わらせに来たぜ」

「……」

 カミラは無言だった。しかし、そこから放たれる気配は以前とは比較にならない。

 そうだ。これが、吸血鬼の真祖。人外の超越者だ。を殺すために──オレは戦い続けてきた。


 だが。


「おめぇ、本当にこれでいいのか。家族が欲しいんじゃなかったのかよ」

 カミラは応えない。

 くだらない質問だったな、とジャンは思った。それでも聞かずにいられなかったのは、何故だろう。

 ジャンは槍を構えた。


 吸血鬼。それもその頂点とも呼べる存在。どんな魔であっても、この破魔の槍であれば屠れる。問題は、この必殺の一撃をことができるかどうかだ。

 やれるさ。オレなら。いつだって、やってきたじゃないか。血反吐を散らし、自分の血の海でもがき、何度も何度も立ち上がり。また、いつものようにやるだけだ。

 

 ふっ、とカミラの姿が消えた。

 紅いドレスを翻し、カミラがジャンを蹴り上げる。

 宙高くに浮かんだジャンを、カミラが地面に叩き落す。ジャンの身体はバラバラになるも、再生する。

 再生した瞬間、カミラはジャンの首にその鋭い爪を突き立て、貫いた。

 隙がない。このままでは吸血鬼化の粉の効力が切れるまで一方的にやられてしまう。


 しかし。

 ジャンはこのような状況の戦い方も知っていた。蹂躙されながらも、勝機を掴んできた。

 彼らの前に、人間なんて無力。勝ち目なんてない? ふざけるな。人間を、オレたちを、なめるんじゃねぇ!

 オレたちから未来を奪うヤツらを、許してはおけない。

 

 怒れ!!


 破魔の槍は震えた。

 これは、人々の想いだ。超越者たちによって苦しめられ、泣いてきた人々の無念だ。槍はジャンと一体となる。槍もまた、怒っていた。

 首を貫いていたカミラの手が、溶けた。彼女は苦痛に顔を歪めた。


「この……痛みは……キサマ!」

 まるで蒼い毛並みの狼人ワーウルフ。人外の姿となったジャンは、それ自体が破魔の槍だった。

 攻撃を喰らえば致命傷になる。カミラは警戒した。


 ジャンが声にならない声で叫んだ。

 ──速い。

 吸血鬼化に加え、破魔の槍の力で肉体が強化されているのか。それでも吸血鬼の真祖の力には遠く及ばない。及ばないものの、痛みによる恐怖がカミラを硬直させていた。

 本来なら痛みを感じることのない身体だ。痛みには敏感であり、それが弱点となった。


 そこからの決着は、時間にしてものの数秒だった。

 ジャンが攻める。カミラが距離を取る。無数の血の色の槍がジャンを貫く。四肢を千切りながら、ジャンが跳ぶ。

 その首を落とそうと、カミラが血の刃を振り下ろす。ジャンが牙でそれを受ける。

 カミラの髪が刃物と化し、ジャンの身体を貫く。

「がああああぁぁぁぁぁぁっ!」

「っ──」

 獣の気迫に、カミラが圧された。

 ジャンの右腕が槍となり、カミラを、貫いた。



「──どうして、手を抜いた。本気でやりゃ、ここにいる全員殺せたはずだろ」

 ジャンに貫かれたカミラは、泣いていた。

「……あたしは不死身。みんな、あたしより先に死んでいく。また一人ぼっちになるのは、もういやなの」

 誰も、本当の家族になれはしない。誰も、ずっと一緒にいてくれない。誰も。誰も、誰も。


 ジャンは呆れて、脱力した。やはりこいつは──。


「ったく、ほんとーに自分勝手なヤツだよな。アレンに懐いてくっついてきたと思えば裏切るし。しかも今度は殺してくれってか」

「……だって。あたちにも、どうしたらいいのかわからないんだもん……」

「けっ。……おめぇのことは、おめぇ自身でよく考えるんだな。悩んで悩んで、それで自分なりの答えを見つけやがれ。人間は短い一生の中でそれを見つけていくもんなんだよ。答えにたどりつく前に死んじまうことの方が多いくらいだ。それが……人間なんだよ」


 だから。

 人として生きてみせろ。

 おめぇだけは違うって、オレに証明してみせろ。


 カミラは気がついた。傷が、塞がっている。血は流れ、再び力は失われたものの、生きている。

 カミラは目を丸くしてジャンを見た。

「加減したわけじゃねーよ。破魔の槍の力が引き出せなくなるほど消耗しちまっただけだ。あーあ……あと一歩だったのに……残念だぜ」

 ジャンは足をがくがくと震わせていた。身体は再生したものの、もはや立っていることもままならず、その場に倒れ込む。


「あー、眠い。もう目があかねぇ。殺すなら殺せ。オレはもう、指一本も、動かせねぇ」

 ジャンはそのまま、深い眠りについた。

 寝息を立てるジャンを、カミラは呆然と見つめた。



「なによ、それ。どうすればいいのよ、これから、あたち……」



 カミラは泣いた。泣いて泣いて、泣いても……誰も答えはくれなかった。




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