秘剣 対 秘剣

 四天王。四本腕の剣士ベクターを相手に、アオイは苦戦していた。

 手にしている剣と刀はどれも一級品。

 剣術の腕も自分以上。それもそのはずだ。アオイの何倍の時を生き、その間ずっと剣の腕を磨き続けてきた修羅なのだ。超えられぬ壁が、またここにもある。いや、超えなければならない。誰が相手でも、もう負けるわけにはいかない。


「人の身でよくぞここまで練り上げたものだ。では、俺の”技”を見せてやろう。【狼牙ろうが】」

 上から、下から、左から、右から。喰らいつくような剣戟が飛んでくる。

 受けきれず、間合いを取る。そこに閃光のような突きが伸びてくる。これもかろうじて、アオイは受けきった。

「見事」

 ベクターは少しだけ、口の端を歪めて見せた。


 ──覚悟を、決めるか。


 アオイは刀を剣に収めた。


「ふむ……居合の構えか」

 ベクターが感嘆の声を漏らした。


 アオイは目を閉じる。

 自分の息遣いと、心臓の音だけが聞こえる。


 それもやがて、消えた。


 ──水だ。

 ベクターは透き通った、清浄なる水の波動を感じた。


 面白い。ならば真正面から受けて立つ。

 ベクターは剣を構えた。


 全身全霊。その一振りにすべてを込める。

 ベクターの腕が、右腕一本だけを残して消える。剣も一つになる。

 腕は肥大化し、剣もまた巨大。


「秘剣……【一之太刀】」

 それは二の太刀、三の太刀を考えない、初撃にすべてを懸けた奥義。剣士としての魂を込めて、必殺の一撃を放つのだ。


「きえええぇぇぇぇぇっ!」

 ベクターが踏み込んだ。目には見えない速度で、剛剣が振り下ろされる。


 ──。


 水面に。水が落ちる音が、聞こえたような気がした。

 アオイが目を見開いた。

 剣閃が、流れる。



 極意。



 明・鏡・止・水。



 ごとり。


 ベクターの腕が、地面に落ちた。

 斬られたことに気づくことなく、彼は意識を失った。


 アオイの目と鼻から血が噴き出した。彼女は膝をつき、全身で息をする。

「……この刀が導いてくれなければ、危うかったでござるな」

 アオイの実家の流派時雨しぐれの極意であるその技を、アオイはまだ会得していない。いや、父を含めてまだ誰ひとりとして到達したことのない領域だった。


 アオイの新しい刀、流水。心を水のように澄まさなくては力が引き出せない刀。この流水と一体になるということ自体が奥義となり得る。その先にあるものを、アオイは掴んだ。

 あと一歩『戻る』のが遅ければ、アオイはその意識を流水に取り込まれていただろう。

 

 諦めずに、立ち上がった者がいた。


 その者は決して強くはない。ただ、誰よりも、困難に立ち向かう勇気があった。

 直接、共に戦ったことは少ない。しかし、彼のその名を耳にしない日はなかった。


 彼のその存在が彼女を奮い立たせた。諦めるなと彼女に呼び掛けた。だから、戦い抜くことができたのだ。


「アレン殿。必ず……無事で帰ってくるでござるよ」

 アオイは勇気をくれた友の名を、呼んだ。きっと、彼は戻ってくる。彼女はそう信じていた。


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