想いと想い
結界。分断された。
「アレンよ。こちらはわしらに任せよ。おぬしたちは先に進め!」
アレンたちはソフィの言葉に頷き、再び走り出す。
「やれやれ。アレンさんにはここに残ってもらわねばならなかったのに……。こんな形で貴方がたとやりあうことになるとは」
クライム──レイヴンは少し悲しそうに笑った。
「がるるる……元、ご主人。おれ、おまえ、止める! アレンが悲しむ。だから、止める!」
魔石より生み出された、黒いヘルハウンド。単にアレンのマナに惹かれてなついていたものとばかり思っていたのに、どうやら違ったようだ。魔獣であっても、分かり合うことができるというのか。興味深い事例だった。それもここで終わらせなければならない。それを残念に思うレイヴンだった。
「オレにゃお前の小難しい思想はわからん。だが、団員が道を外れた時、正すのがオレの役目だ。クライムよ、おしおきの時間だ」
そう言うのはドラゴンバスターズの団長、オーランドだ。
「おお、怖い怖い」
少しおどけて言うレイヴンだが、団長オーランドの実力はよく知っていた。
単騎、最強。
オーランドにはほとんど魔力というものがなかった。魔法が使えないハンデを、肉体の強さのみで凌駕した。死の淵で鍛え上げられ、幾多の死地を切り抜けてきた修羅。それが【ドラゴンバスター】オーランド。冒険者の中で唯一、ドラゴンを倒す者の称号を得た男である。
それに加えて、ゴッツ、ユリア。
ゴッツは冒険者を引退してギルドマスターとなったものの、かつては【特級冒険者】の一歩手前までいった男。ユリアも【特級冒険者】の中でも異彩を放つ存在。オーランドとも喧嘩ができる力の持ち主だ。
「副団長。あたし、まだいまいち状況がよくわかっていないけど……これが、今まであなたを信じてついてきたみんなへの仕打ちなら……許しません」
「貴方に許しを請う必要はありませんが、それならどうするつもりですか?」
「殴ってでも止めます」
怒らせたら非常に面倒くさい、シータ。その後ろには元騎士のリック。周囲で魔獣と戦っている面々も皆、古くから知った顔ばかりだった。
「仲間を想う……そんな優しい顔ができるのに、本当に仲間たちをも見捨てるつもりなのか、おぬし」
ソフィが言った。そのすぐ後ろにはルシード。彼とはほとんど面識がないものの、その名はよく知っていた。
【黒き雷帝】ルシード。雷の短剣を自在に操る、腕利きのトレジャーハンター。レイヴンは一度、彼をドラゴンバスターズにスカウトしようとしたことがあったのだが、世界中を飛び回る彼を捉えることはできなかった。
この渡り鳥が、ソフィのもとでその羽を休めていたとは。
「……ドラゴンを打倒するためだけにつくった組織です。思い入れなど……ありませんよ」
「わかりやすい嘘を吐くな、おぬしらしくもない。後悔するぞ」
そうかもしれない。
こんなにも情が湧くなんて、彼にとって想像もしていなかったことであった。
それでも大いなる目的のため、引き返すつもりはない。
「クライムよ。他に道はなかったのか」
「御覧なさい、この邪悪なマナを。これは、人間そのものと言えるでしょうね。このままでは清らかなマナが循環しない世界となり、すべてが枯れていくでしょう。我らの管理下で、正しく運用する必要があります。役立たずの神々の代わりに……」
「確かに、神々はもはや、この世界にほとんど干渉はできぬ。かつての力も失った。この世界に託したからな」
「……託した?」
「うむ。神々の管理下でなくとも、この地上に住むものたちは未来を紡いでいける。そう信じ、自分たちのマナをこの世界に託したのじゃ。困った例外も一部いるのは確かじゃが」
聖杯の件と言い、ダンジョン転移の件と言い、干渉したがるものもいる。しかし、そのような力もいずれ失われることだろう。
「貴女が言うなら、そうなのでしょうね。しかし、これが現状です。誰かが、救わなければ……この世界を」
レイヴンの真剣なまなざしを見て、オーランドが笑った。シータも、リックも笑っていた。
「ホント、真面目なやつだよお前は」
「そういうとこ、変わらないですよね、副団長」
「おぬしが頑固なのはわかっておる。だからとことん付きおうてやろうかの」
本当に。本当に、この者たちときたら。決意が揺らぎそうになる。
レイヴンは丸眼鏡の位置を整えた。
戦いが、始まった。
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