友のために

「これが、ここで用意できる最高の刀さね」

 ドワーフの里の長ロゥグが、アオイにその刀を差しだした。


 風のケモノに敗れ、倒れた彼女を救ったのは【特級冒険者】のユリアだった。彼女は風のケモノを圧し返し、倒れていたアオイを回収。その後、モンスターに囲まれていたルーシーとリィンも助け、このドワーフの里まで連れてきたのであった。


 アオイはその刀を鞘から抜いた。

 まるで水だ。透き通った、清らかなマナが宿っている。アオイはそれを感じた。

「【流水】──この地に流れ着いていたとは」

 流水。それはジパングの刀鍛冶が打った最高傑作【天下五刀】の一振り。


「……お借りします」

「いや、それはヌシの手に馴染むようさね。刀が、ヌシを選んだ。それはもう、ヌシのもんさ」

「この御恩は、必ず」

 アオイは深々と礼をした。


 長の家から出たアオイは、空を見る。

 分厚い黒い雲は広がり、雷鳴が轟いている。

 

 新たな力は得た。しかし、それだけで勝てる相手ではない。

 折れたのは刀だけではなかった。彼女の心もまた、折れた。どれだけ努力をしても、届かない。超えられない壁があることを、痛いほどに思い知った。

 それでも、アオイはもう一度だけ心を奮い立たせた。傷ついた友を守るため。そのためだけに、この力を振るう。

 

 風が冷たくなってきた。

 アオイはその寒さと、迫る邪悪な気配に、少しだけ震えていた。




「……無様なものですわね。何もかもを失ってしまいましたわ」

 フレーシアは力なく笑う。

 地位も名誉も財産も、冒険者たちも失った。もう何も、残っていない。

 そんなフレーシアの手を、ソフィは握りしめた。

「まだじゃ。これで終わりではない。中央都市を取り戻し、もう一度やり直すのじゃ」

「……無理ですわ。仮に取り戻したとして、再び【ガイア】に挑むことなんてできっこない。わたくしがどれだけの時間とお金をかけて準備してきたと思っていますの?」

 裏ギルドとも繋がりを持ち、汚い金も使い、さらにはソフィから北の大ギルドをも奪い、それでもなお届かなかった。

「……おぬしならやれる。諦めてはならぬ。再建のためにわしも力を尽くす」

「あなたは……どうしてそんなにもお人よしですの? もう、わたくしのことは放っておいてください」

 あのフレーシアがここまで消沈するとは。ソフィはかける言葉を失ってしまった。

 

 ソフィはまだ女神であった頃、冒険者であった頃の若きフレーシアの姿もいた。

 自分の力の限界を感じ、挫折し、それでも『女神になる』という夢を諦めきれない彼女は、ギルドマスターとしてゼロから出発した。

 そして南の大ギルドを築き、まとめ上げる存在となった。時に道を外れるような行動もあったが、それだけなりふり構わずに必死でやってきたのだ。

 それなのに、何一つ、報われなかった。そんな想いのまま、終わらせてはいけない。


 かつて自分を『信仰』してくれた彼女を、救う。救ってみせる。ソフィは決意し、その場を後にした。

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