無力
「レイヴン。もうこれ以上は……見ていられない」
マルグリットが、震える声で言った。
「……貴女……まさか」
「……っ」
彼女は応えない。
クライム──レイヴンは、少し困ったような表情をした後で、またいつもの仕草で眼鏡の位置を整えた。
「たしかに、ちょっちかわいそーだねー。でも、これくらいやんなきゃ心が折れないっしょ。もう一押しってところかなー。おっとっと」
フィーナの頬を、剣がかすめた。
「てめーはもうそのくせー口を閉じとけ、フィーナ」
「……ふふふー! 来たんだね、セブン!」
その登場を、フィーナは笑顔で迎えた。魔王もまた、笑う。
「ほう! このマナ! 知っているぞ! 原初の種の始祖! まだ存在していたとはな!」
「そう祭り上げられたこともあったっけかなー。しかしなんだおめーは、アレンと同じツラしやがって」
セブンは【英霊の剣】を飛ばす。しかし剣は魔王に届かない。剣はすべて、魔王の目の前で消滅した。
「禍々しい闇の力。その力はこの世界にあってはならない。封じさせてもらいます」
ユーリが魔王の周囲に結界を張る。
「ふむ。なかなかの魔法の使い手。世界樹と同じにおいを感じるな。だが、無駄だ」
魔王が指を弾くと、結界は割れた。
「チートだろ、こんなもん」
セブンが魔剣を振り下ろすも、すでにそこに魔王の姿はない。
「アレンさま! 助けに参り……あ、え?」
「アレンっちが二人いるだよー!?」
「ちょ、それより、あ、あれ──」
やってきた四天王は戦慄した。
「レイヴン様!?」
「お久しぶりです。四天王の皆さん」
カミラ以外の四天王は、反射的に跪いた。
魔王の右腕。実質的な指揮官。深淵の魔術師。
そしてその隣にいるのは……おそらく、魔王。実在したのか、いや、それとも。四天王は混乱する。
「おや。貴方たち、まさか寝返った……わけではありませんよね?」
「は、はぃぃぃ! 寝返るわけがございませんんん」
カミラだけは怯えずに、真っすぐに魔王を見据えた。
「……レイヴン。それは、誰」
「魔王様ですよ。まさか、忘れてしまったのですか?」
違う。そうだ。魔王なんて、存在しなかった。いると思わされていただけだ。このレイヴンに。
しかし、虚構は今、現実のものとなって目の前に存在している。
「今度は吸血鬼の真祖か。しかしずいぶんと弱々しい姿だな。ふむ、ならば余の血をくれてやろう」
魔王は右手を強く握りしめた。そこから血が滴り落ちる。
アレンと、同じ血のかおりがする。カミラは抗えずに、魔王の足元に跪いた。
滴り落ちる血が、カミラの舌を濡らす。
「あ……はぁぁぁ……ん……力が、漲るぅぅぅ!」
カミラが瞬く間に、その真の姿を取り戻した。
「魔王さま。あたしはあなたさまのモノ。従いますわ」
「ずいぶんとたやすいものだな」
「──ほんとだな。ったくこの尻軽女はどうしようもねぇな。しかしこれで心置きなくぶちのめせるぜ」
破魔の槍が、カミラの頬をかすめる。
「っ……! キサマぁっ!」
ジャンが踏み込み、さらに鋭く槍を繰り出した。
カミラは黒い霧となり、槍をかわす。
「破魔の槍。あらゆる魔を打ち滅ぼす伝説。まだ存在していたとは。ふはは、アレには余もかなわんな。すべての力を解放すれば……の話だがな」
魔王が左手を掲げる。それだけで、ジャンは動きを封じられてしまう。
「──焔。天より日輪を落とすが如く、大地を焦土と化さん。【
降り注ぐ炎が、あらゆるものを焦がしていく。
「見事な極大魔法。今度はエルフか。なかなかの余興だな」
セレナが次々と魔法を放つ。それでも魔王には通用しない。
「アレン! 大丈夫!?」
「……セレナ」
アレンの泣き出しそうな顔を見て、セレナは感情を昂らせる。いけない。今は目の前の敵に集中しなければ。
「貴様も余の眷属にしてやろう」
魔王の瞳が妖しく輝く。セレナの動きが、止まる。
彼女まで、魔王の手に落ちてしまうのか。アレンの心は砕ける寸前だった。
「──そんなものでわたしの心が操れると思うな! この下郎が!」
セレナは魅了を打ち破った。いや、そもそも彼女には魅了が通用しなかった。
「ふはは。これは反魅力ではないな。魅了の上位スキルで跳ね返されてしまったわ。余でなければ心が奪われていたやもしれんな」
セレナはアレンに肩を貸し、立ち上がらせる。
「……ありがとう、セレナ」
「大丈夫。わたしがずっと、あなたを支えるから」
そう言った後で、セレナはアイリスを睨みつける。
「なに、その目は。貴女にはその偽物がお似合いよ」
「……おまえのアレンへの愛は、その程度のものだったか。残念だ」
地面が揺れる。黒い水晶が次々と地面から突き出してくる。
「さて、余興はここまでにしておくか。余のオリジナル以外はすべて……殺す」
魔王が力を放った。禍々しい闇の魔力が、何もかもを圧し潰そうとする。
誰も抗えない。止める術はない。意識が黒く染まる。息ができない。
すべてが、闇に飲まれる。
その時だった。
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