魔 王

「アレンさん!!」

「あ、ダイジョーブだよ。身体は傷ついたりしないから。よっと」

 フィーナの手が、アレンの胸から離れる。

 傷はない。しかしアレンは苦痛に顔を歪め、その場に膝をついた。

「な、なにを……」

「うん? こっそり植え付けておいた【タネ】を回収させてもらっただけだよー。うんうん、すごいマナの量だねー。でも、やっぱり黒いマナは育ってないね」

 フィーナは手に持っている光の球……マナの塊をつんつんと指でつつく。


「純粋なのでしょう。それだけに……本当に、惜しい」

「ごめんねー、アレンちん。これでもう、魔法使えなくなっちゃうし、エクレールもこっちのモノになっちゃうんだ」

「え……」

 アレンはエクレールとのつながりを探ろうとした。しかし、マナが感知できない。あれだけ身近に感じていたエクレールが、まるで別の存在になってしまったようだった。


「それでこれを……かもーん! スーパーアレンくん!」

 黒い水晶の柱が地面から突き出した。

 その中に──。


「あ、アレンさんが……もうひとり!?」

 水晶の中に、今よりも若い姿のアレンがいた。フィーナはそこに向かって、マナの塊を投げた。球が、水晶の中のアレンの胸に吸い込まれていく。


 水晶の中の、アレンの目が開いた。

 水晶がひび割れ、そして、弾ける。



「目覚めましたね……【魔王】」

「──久しいな、【レイヴン】。ふむ……この力、馴染むな。新たな肉体も悪くない」

 それは、魔王の役割を担っていた人造生命体ホムンクルス。虚構として作り上げられた仮初の存在。それが、フィーナがアレンの細胞と魔石よりつくり出した新たな体と強大なマナを得て、真の【魔王】として顕現したのである。


「余が目覚めたということは……いよいよ始めるのだな、レイヴン」

「ええ。始めましょう」


 再び地面が揺れた。

 そこに、漆黒のケモノが現れる。


「七つのケモノ……闇のケモノの幼体か。ちょうどいい。余の糧にしてやろう」

 魔王は闇のケモノに向かって跳び、そして──その頭にかじりついた。

 闇のケモノは絶叫するも、抵抗することなくかじられ続けた。

 闇のケモノの脳──核を、魔王は喰らった。途端に、その全身から凄まじい闇の力が迸る。


「やはり魔王には闇の力が相応しいな。ふははは」

「光の力の対極。これが育ち切れば神にも通じるやもしれません」

 アレンはようやく立ち上がり、雷の短剣を構えた。その姿を、魔王が目を細めて見る。


「これが余のオリジナルか。ずいぶん弱々しいな」

「マナをごっそりいただきましたからね」

「……エクレールを……返せ!」

「エクレール? ふむ、こやつのことか」

 魔王の横の空間より、黒く染まったエクレールが姿を現す。放つ雷も黒く、邪悪なマナを帯びていた。

「エクレール……!」

「だれ、あんた。どうしてアレンちゃんと同じ姿をしているの」

「ふははは。もはやかつての主と認識できておらぬようだな。悲しいなあ、オリジナル」


 アレンはエクレールから向けられる冷たい目線に堪えきれず、目を逸らす。代わりに、魔王を睨みつけた。

「レイヴン。ぬるいことをせずに、こやつの大切なものすべてを奪ってしまえ。そうすれば傀儡にできようぞ」

「……できれば、傀儡にはしたくないのですが」

「ふむ、こやつのことをよほど気に入っておるのだな。珍しいこともあるものだ。ならば従うようにするまでだ。おい、そこの女」

 魔王がアイリスを見た。

 アイリスはハンマーを握りしめる。

「だ、ダメだねーちゃん! あいつの目をみるなー!」

 白雪が言った時には遅かった。

 魔王の目が、妖しく、紅く輝く。それを見たアイリスは【魅了】されてしまった。 同時に、アイリスにリンクしている白雪も【魅了】された。


「……危ない。だまされるところだったわ。この偽物」

 アイリスのハンマーが、アレンに振り下ろされる。紙一重で、アレンはそれを回避するも、衝撃波に吹き飛ばされる。

「あ……ぐっ。アイリス……!?」

「気安く名前を呼ぶな、偽物め」

「ふはは。この程度の魅了にかかるとは」

「貴方の魔力が高まっているからですよ。生半可な魅了ならば、あの氷の精霊に弾かれていたことでしょう」

「ふむ。しかしオリジナルには効かんようだが」

「彼にはおそらく【反魅了】のスキルが備わっています」

「ふむ。まるで”あの時”の勇者のようだな。まぁ、よい」


 アイリスがじりじりと距離を詰めてくる。エクレールに次いで、アイリスまで……アレンは絶望した。

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