アレンとクライム

 ユーリは天に伸びていく黒い水晶の樹を見て、『世界樹』を連想した。

 いや、それは世界樹そのもの。ただ、真逆の性質をもっていた。あれはやがて、世界中のマナを、人間の命を吸いつくすだろう。


「この【魔石の樹】はやがて天界まで届き、闇の力ですべてを浸食することでしょう。霊体の存在となっている彼ら神々には成す術がありません」

「今の……この世界は、どうなるんですか」

「この世界には多くの穢れがこびりついてしまいました。魔石はその穢れそのものでもあります。すべてを露わにした後、浄化します。その後、我々の手でこの世界をよりよいものに創り変えます。その過程で人類は滅びることになるでしょう。」


 そんな、勝手な──。

 世界をよりよいものに創り変える? 人類が、滅びる? これまでの何もかもが、なくなってしまう?


「仮に貴方の話が真実だとして、わたしたちの意思を無視して……そんな勝手が罷り通ると思っているの?」

「本来なら人間といった種は存在しなかったモノです。人間は存在するだけで世界を汚染するモノ。生きるために、欲をかなえるために、命を奪うモノです。排除しなければ真の平和は訪れないでしょう。なに、安心してください。アレンさんのような“マナに愛される者”たちだけは新たな世界でも必要です。排除するようなことはしません」


 また、地面が揺れた。

 地割れが、建物を、人々を飲み込んでいく。

「おしゃべりはここまでにしておきましょう。さて、アレンさん。我々に力を貸してください。貴方の【光の力】は、神々を打倒する上で欠かせないものです。本当はもう少し、その成長を待ちたかったのですが……」

 アレンは何と言っていいのかわからなかった。わからなかったが、この人を止めなくてはならない。

 今、この世界に生きている人たちを、アレンは想う。笑いあう家族。愛し合う恋人たち。冒険を楽しみ、明日を夢見る冒険者たち。みんな、この世界に生きているのだ。


「クライムさん。僕は、あなたに力を貸すことはできません」

 クライムの顔から微笑が消える。

「神々から解放されない限り、我々に明日はありません」

「明日は、みんなでつくるもの。人間も、モンスターも関係ありません。共に、生きていけるはずです」

「いまや……モンスター種の多くは、我ら原初の種と他の種との混合種。人間の血も混じっています。穢れた血なのです」

「穢れているかどうかなんて、僕にはわかりません。みんな、この世界で生きている仲間……僕は、そう思います」

「ふ。そう思える貴方が特別なのですよ。他の大多数の人間たちは、モンスター種を嫌っています。受け入れ、共に生きようとすることなどできません」

「でも、ドワーフの里で僕たちは共に生きています。どれだけ時間がかかるかわからないけれど、きっと理解し合える」

 クライムは丸眼鏡の位置を整える。


「それも、貴方がいるからこそです。我々も何度も、人間たちに歩み寄ろうとしました。しかし彼らは受け入れようとせずに、我々を滅ぼそうとした。神々によって、そう創り変えられたからです」

「それでも……僕は、諦めたくない。理解するために、努力したい」


 クライムは笑う。普段と同じ表情で。


「やはり貴方は、貴方こそがこの世界の救世主。英雄王。しかしそれだけに、残念です。我々に残されてる時間は……もう、ないのですから。仕方ありませんね。強硬手段を取ります。フィーナさん」

「あいあーい!」


 ──ずぶり。


 どこからともなく現れたフィーナが、アレンの胸に手を突っ込んだ。



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