真実と虚構と

 ──音が止んだ。


 しばらくして。地面が、揺れた。静かに、やがて激しく。

 地面に亀裂が走り、そこから黒い水晶のようなものが突き出してくる。


「今度はなんだぁ!?」

 満身創痍のジャンが叫んだ。


 異様な光景が中央都市を塗りつぶしていく。ケモノたちは動きを止め、咆哮する。


「なんて邪悪なマナ……これは」

 中央都市に向かう飛翔船の中で、ユーリは震えた。





「──アレンさん」

 背後からの声に、アレンは驚き、振り返る。

「……マルグリットさん!?」

 それは、ゴッツの娘──いや、誰だ。顔も声も知っているはずなのに、この人は……

「あなたを監視する役目もこれでおしまい、ね。できればまだおとなしくしてもらいたかっんだけど、仕方ないよね。それがあなただもの」


 黒い羽が、落ちてきた。アレンとアイリスは宙を見上げる。


 黒い翼をはためかせ、地上に降り立つモノがいた。それは。


「……クライムさん!? そ、その翼は……!?」


 クライムは驚くアレンの表情を見て、微かに笑う。そしていつもの仕草で、丸眼鏡の位置を整えて見せる。


「時が満ちるのを、ずっと待っていました。いよいよ【神】を打ち滅ぼし、世界を我らの手に取り戻す、その時がやってきたのです」

 アレンは、クライムが自分の知らない暗く冷たい表情をしているのを見て、ぞっとした。

「クライムさん……一体何を言っているんですか……?」

「アレンさん。私も、貴方がたの言うところのモンスター種なのです。我々はこの世界の、原初の種族」

「原初の種族……ですって?」

 そんな話、聞いたことがない。アイリスはクライムを睨みつける。すでに攻撃の間合いに入っている。いつでもその頭を打ち砕くことができるだろう。

 敵意を剝き出しのアイリスに対し、クライムは少しだけ笑って見せた。


「我々はもともと、神と同質の存在。古代……戦いに敗れ、地に落とされた一族。天に残った神々は新たに“人間”という種を創り出し、我々の力を奪い、世界の隅へと追いやっていきました。我々はもとより子孫を残す能力に乏しく、徐々に衰退していきました」

 何の話を聞かされているのか。アレンとアイリスにはわからなかった。

 彼の妄想……なのだろうか。


 クライムは語り続ける。

「人間たちに追いやられた我々が、再び力を蓄えるためにどれほどの時を要したことか……。それでも力が及ばないことを知った我々は、人間の力を利用することにしました」

 世界中にあるダンジョン。それは魔獣を生み出すための装置だとクライムは言う。

 ダンジョンで生まれたモンスターは、仮初の生命。ダンジョンの外では生きられないモノたち。ただ、ダンジョンを訪れた者たちの命を奪うためだけの存在。


 彼ら原初の種族たちは『ダンジョンには未知の宝物や遺物が眠っている』という噂を流し、それを信じた人間たちがダンジョンへと足を踏み入れた。これが、冒険時代の始まりの真実であるという。

 ダンジョンに挑み、命を散らす冒険者たち。彼らの命を吸ったダンジョンは黒い結晶を創り出す。それが──魔石。


「魔石はいわば、人間の欲望。無念や怨念の集合体とも言えるでしょう。魔石はその怨念を増幅させてより強大となり、やがて魔獣を産み落とす」

 そして魔石を取り込んだモノはより邪悪に強大なモノへと変異する。

「実験を繰り返し、ようやく意のままに制御できるようになったのは、つい最近のことです。貴方にレオンと名付けられたヘルハウンドも、実験体のひとりなのですよ。まさかあの状態からも復活し、私の予想を超えた進化をするとは思いませんでした」

 、消滅させたはずのヘルハウンドは再生し、獣人の姿となった。しかも、人間に懐くとは想像もしなかったことである。


「それはさておき。我々は次の一手として、【魔王】という虚構を創り出し、モンスター種を扇動し、人間たちに戦争を仕掛けました。そして我々の領土である……貴方たちが【魔界】と呼ぶ場所には特別な“魔王が創り出したダンジョン”を用意しました。世界中から集めた秘宝の数々も投入しました。冒険者たちは目の色を変え、魔界のダンジョン攻略、魔王討伐に名乗りを上げたわけです。魔王が倒された後のことも計算ずくです」

 魔王が倒されることにより、【封印】の魔法が発動。魔界とそこに存在するダンジョンはすべて封鎖されることになる。各地のダンジョンも攻略されつくし、冒険者たちは目標を失った。冒険者から資源が供給されなくなり、国同士が争いを始めることになる。

 この状況をよしとしない神、あるいは女神たちは、魔界の封印の一部をこじ開け、ダンジョンを転移させる。


「神々に感知されないように動くのは骨が折れましたよ。ちなみに世界最大のダンジョン【ガイア】も我々が創ったものですが……今も『成長』を続けているため、どれほどの大きさになっているのか、もはやわかりません。【ガイア】は中央都市に渦巻く人間たちの欲望を吸い上げ、巨大な魔石を形成しました。私腹を肥やす、欲に塗れた『老人たち』もこれには大いに貢献してくれましたね。我々はその巨大な魔石に、これまで生成されてきた魔石を喰わせました。回収しそこなった魔石が各地で暴走を起こしたりもありましたが……まぁ、想定の範囲内でしょう」


 アレンとアイリスはただただ、クライムの話を聞くことしかできない。

 その間も、中央都市は異質なモノへと変化し続けている。


 黒い水晶体が、天へ、天へと伸びていく。それはまるで樹のように見えた。

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