ケモノたちの狂宴

 刀が、折れた。アオイは茫然と立ち尽くす。


 自分の技をもっても、このモンスターには通用しないというのか。いや、そもそもこれはモンスター種なのか。

 見えない風の刃。アオイはその“気配”を感じ、かろうじて回避する。

 アオイは武器にこだわらない。剣術を極めれば、斬れないものはない。彼女が目指すのは剣師【ソードマスター】。ソードマスターは剣を持たずとも、向かい合った相手を“斬る”ことができるという。まさに至高の域。その頂は遥か遠く、遠く。それでも少しでも至高に近づくために鍛錬を続けてきた。


 アオイは折れた刀を握りなおした。

 刀は折れても、心は折れない。刃がなくとも、斬ってみせよう。

 ケモノが吼える。無数の竜巻が放たれる。アオイは折れた剣を振る。

 しかし。強大な暴風はアオイを飲み込み、弾き飛ばした。竜巻が追い打ちをかけ、アオイの身体が切り刻まれる。

「ぐ……う」

 父上。拙者はまだ、未熟でございました。

 薄れゆく意識の中。アオイは遠く、遠くに離れていく誰かの背中を掴もうと、必死に手を伸ばしていた。



「【七つのケモノ】──伝説級のモンスターじゃない。一体でも国を壊滅させる力を持つバケモノが七体も同時に……」

 それらに唯一対抗できる戦力を有するドラゴンバスターズは、中央都市に向かっているドラゴンと戦闘中。アイリスは頭を抱えた。

「お嬢様。避難の準備、整いました」

 執事ローレンスがアイリスに声をかける。

「屋敷の皆を連れて、ドワーフの里へ向かいなさい。ソフィ様なら受け入れてくれるわ」

「お嬢様は……いかがなさるおつもりですか?」

「わたしはひとりでも多くの人を逃がすために、戦う」

「でしたら、わたくしも……」

 アイリスは首を振る。

「一刻も早く、ソフィ様にこのことを伝えて。あのケモノたちが世界に放たれたら、大変なことになる……」

「……かしこまりました」

 ローレンスは一礼し、その場を後にした。

 屋敷が揺れる。アイリスはハンマーを手に取る。


 屋敷を半壊させたそのケモノは炎に包まれていた。真紅の瞳は宝玉のように爛々と輝いている。その瞳に射抜かれた時、アイリスは震えた。

 怖い。でも、やらなければ。

 ここにアレンがいたら、きっと立ち向かっているだろう。同じく、震えながら、それでも。

 アイリスはアレンの姿を思い浮かべ、心を奮わせた。

「いくわよ──白雪」

「おっけー!」

 ハンマーが唸り声をあげた。



 中央都市はモンスターの巣窟と化していた。

 七つのケモノだけでなく、ダンジョンの【封印】を破り、モンスターたちが外へと出てきたのだ。それだけではない。中央都市の『外部』からも無数のモンスターが侵入してきていた。

『うふふふ。御馳走がいっぱいねぇ。かわいい子供たち、おいしいご飯の時間よぉ』

 そこには黒いアラクネたちの姿もあった。

 そして。

 魔獣と化したルーが咆哮する。復讐を。あのニンゲンを、殺す。ルーはその姿を探した。



 地獄だ。


 飛び散る血が。炎が。あらゆるところを朱に染めていく。

「ひでぇもんだな」

 ジャンは屍に喰らいついているモンスターを、槍で突き刺した。

「もうやだー! リィン、もうお家帰るー! パパー!」

「ジャンさん。これ以上はもう……」

 幼児返りしたリィンを、ルーシーが抱きかかえている。

「ああ、わかってる。おめぇらは先に行け」

「し、しかしどこへ逃げれば」

「ドワーフの里だ。急げ!」

 ジャンが道を切り開き、ルーシーたちはそこを通っていく。

 

 周囲で踊っていた炎が『凍った』。

 その場のモンスターを、人間も、あらゆるものを凍らせて、それは現れた。


 ──氷のケモノ。


「逃げるが勝ち……だけど、簡単にゃ逃がしてくれそうにねぇな。どうしたもんかね……」

 ジャンは吸血鬼化の粉を吸い、槍を構えた。


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