アレンとアイリス

 そして、それからすぐに。【作戦】は遂行された。


「アレンさん。今日、ギルド酒場でお食事でもどうかしら」

 よし、自然だ。

 アレンは当然のようにドワーフの里にアイリスがいることを不思議に思うし、この急な誘いをとても不自然に感じていた。

「も、もちろん……いいんだけど……」

 アレンは警戒している。

 アイリスは緊張のため表情が強張っており、その眼光も鋭い。それがアレンには恐怖だった。


「それじゃあ、龍の刻(夜20時くらい)にソフィ様の酒場で待ってるから」

「あ、う、うん」

 さらりと去っていくアイリスの背中を、エクレールが不審にじろじろと見る。

「急にどうしたんだろ、アイリス」

「──ふぅん。そう。正面からくるってわけね。迎え討ってやるわ」

 エクレールは不敵に笑い、ばちばちと雷を鳴らした。



「ちょっと白雪! アレンちゃんの雷の短剣を返しなさーい! それがないと変な輩からアレンちゃんが身を守れないし、アタシの力も半減しちゃうでしょーが!」

「へへへーん。おれっちを捕まえられるかなー? 雷なのに、ノロマなのかなー?」

「こんのぉぉ!」


 エクレールと白雪の鬼ごっこが始まった。


「あ、あはは。元気だね、エクレールたち。それよりもアイリス……何かあったの?」

「どうして?」

「いや、急な誘いだったから」

「あら。わたしは前から、アレンさんと食事に来たいと思ってたのよ。エクレールに遠慮してただけで」

「そ、そうなんだ」

 案の定、緊張している。自分以上に緊張していることが、アレンから見て取れる。これが今の、彼との距離なのか。アイリスはそれを目の当たりにして気落ちした。

 気落ちしている場合ではない。距離があるのなら、詰める。自分の間合いで勝負するのだ。って物理の間合いじゃないから目測で測れないじゃない。


「嫌だった……かしら。わたしと食事なんて」

「え!? そ、そんなことないよ。嬉しい」

「ほんとう? よかった……」

 ぎこちないかもしれない。けれどアイリスは精いっぱいの笑顔を見せた。

「ゆっくりとお話しする機会も、あんまりなかったものね」

「そうだね……なんだかずっと、バタバタしてた気がする」

「……あ、お食事がきたわ」

「お待たせなのじゃ!」

「ってソフィ様!?」

「うん? わしはこの時間、いつも厨房を手伝っておるのじゃよ。今日はちょっと人手がたりなくてな、給仕係もやっておるのじゃ」

 会話が途切れないように、ソフィはタイミングを見計らって料理を持ってきたのであった。


「ソフィ様、そういえば料理得意なんですよね……」

「うむ! そういえば最近、アイリスも料理をはじめたとか言うておらんかったか?」

 ソフィはちらりとアイリスを見た。

「そうなのよ。まだ全然うまくできないんだけど」

「へぇ……すごいな、アイリスは。なんでもチャレンジするんだね」

「アレンさんもお料理するんでしょ?」

「僕は家族のご飯を準備してたからね……少しくらいなら……」

「よかったら、今度、お料理教えてくれないかしら。アレンさんにもわたしの手料理を食べてもらいたいし」

「ぼ、僕なんかが教えられるかなぁ」

「アレンさんの手料理も食べてみたい。ね、いいでしょう?」

「……うん。じゃあ、一緒に料理しよう」

「やった♪」

 ソフィは二人の様子を見て、うんうんと頷いて厨房へと消えていった。


 神アシスト。さすがは元女神。もはや尊敬の念しかない。

 アイリスは心から感謝するのであった。


 その後も二人の話は盛り上がる。

 これまでの冒険のこと、お互いの好きなこと、好きなもの……。

 アイリスはアレンの知らなかった一面に触れて、より好意を抱いた。どんな話題であっても、一歩引いているというか自信がないというか。それでいて、相手を立てるし、どんな出来事を語る時も、そこに出てくる人物を貶める発言もなく、よいところを話している。

 なんて冒険者らしくないひとだろう。しかもひ弱そう……なのに、とても芯が強いひとだ。そして、誰よりも勇敢なひと。

 アイリスは自分の気持ちをしっかりと確信した。


 ああ。やはりわたしは、この人が好きなんだ──と。


「もー! やっと取り返したー!」

 エクレールがぼこぼこにした白雪を連れて飛んでくる。

「きょ、きょうのところは……おれっちの……まけ、だ。でも、楽しかった……ぜ。ぐふっ」

 がくり。白雪はアイリスのハンマーへと戻っていった。

「あー疲れたー! アレンちゃん、はい、雷の短剣。変なのに絡まれなかった?」

 感覚が共有できないほど真剣に白雪を追い回していたようだ。ナイス白雪。あとでなにかご褒美をあげよう。とアイリスが思うと、白雪の「やったぜ!」という思念が流れてきて、彼女は少し笑った。


「お、エクレール、帰ってきたのじゃな。ちょうどメインディッシュの時間じゃ」

「わー! おいしそー!」


 アレンとアイリスは目を見合わせて、ほほ笑んでいた。


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