ソフィとアイリス
後日。
「それからどうなったの?」
アイリスがソフィに訊ねた。
「うむ? 一緒に暮らしておるよ」
ガタッとアイリスが立ち上がる。急進展しすぎじゃない? 友だち通り越してるじゃない! とソフィに詰め寄る。
「い、いや、急進展というわけじゃなくてじゃな。ルシードは料理が得意じゃないからといって不摂生しておってな。あやつの家で料理をふるまっているうちに、行き来するのが面倒になってきたのでわしの家に住んでもらうことにしたのじゃ」
何か変か? とソフィは言った。
「ルシードはよく悪夢を見るらしくて、いつも寝不足だったらしいのじゃが……寝る時にわしが子守唄を歌ってやると、よく眠れるらしい。かわいらしい寝顔できゅんきゅんしてしまうのじゃ
「そう……って一緒に寝てるの!?」
「う、うむ? 一緒のベッドで寝ておるよ?」
なんだか。
短期間でずいぶんと追い越されてしまった気がする。アイリスはずーんとショックを受けた。
「お、おぬしが思っているような甘々な関係ではないぞ。悲しいことに、親子みたいなモノじゃ……。わし、まだ見た目がちんちくりんだから、そういう対象にはなかなか見てもらえぬことじゃろう」
それでも自分磨きは怠らないがな、とソフィは笑う。
「そういうおぬしはどうなのじゃ。ずいぶんとライバルが多そうじゃが」
「な、なんのことかしら」
「とぼけずともよい。おぬしがアレンを見ているあつ~い視線はごまかせぬよ」
「……は、あ、う」
実際には。
熱い視線と言うより、睨みつけているというか目で人が殺せそうなくらいに鋭いものだった。アレンは中央都市での一件で、【白銀の闘鬼】を怒らせてその命を狙われていると、他の冒険者に心配されるほどであった。
それはさておき、彼女が頻繁にこのドワーフの里を訪れている状況を鑑みれば、アイリスがアレンに抱いている想いは容易に推測できることであった。
アイリスはぽつり、ぽつりと事情を話した。
「そうか! アレンがおぬしの探していた光の冒険者様であったか!」
「そうなのよ……。意識すればするほど、うまく喋れなくなっちゃって。しかもエクレールを始めとして邪魔者が多いでしょ……」
はあ、とアイリスはため息をついた。
「ふむ……当のアレンはどう思っておるのじゃろうな」
「え?」
「あれだけ色々なおなごから言い寄られて……まぁ、人間以外が多いのじゃが、とにかくフツーの健全の男子であればどこかで一夜の過ちを犯しそうなものじゃろ? エクレールが守っているとはいえ、誰かに操を立てておるのではなかろうか」
アレンに、好きな人がいるということだろうか。しかしエクレールの反応を見る限り、特定の誰かを想っている、ということは……。
「いや、エクレールの目を見ればだいたいわかるぞい。おぬしを見ている時の目と顔、時々おそろしく険しい時がある」
「……仮とは言え、契約した仲の子にそういう目で見られるのはちょっとショックなのだけれど。やっぱり怒っているのかしら、一方的に契約を破棄したこと」
「そうじゃなくて。アレンがおぬしに想うところがあるから、エクレールは警戒しておるのであろう。あやつらの結びつきは強いから、アレンの気持ちの変化にエクレールは敏感なのじゃ」
「──え?」
「アレンはそれはもう、ものすごく自分に自信のない男子でな。自分なんかが誰かに好かれることなんて幻想、くらいに考えておるのじゃ。じゃから、ここはストレートに気持ちをぶつけた方がよいと思うのじゃよ」
すごい。
自分の色恋沙汰ではあんなにあたふたしていたソフィが、他人の色恋沙汰ではこんなにも頼もしく見えるなんて。
「でも、他の子たちはストレートというか、欲丸出しというか、そんな感じでぶつかってるじゃない。それでもあんまり動じてないというか」
動じてはいるのだろうけれども、それ以上の進展は見られないのはなぜだろう。
「そう、その”欲丸出し”がよくないのじゃ。アレンはその、ちょっと言いづらいのじゃが、女性経験のない、いわゆる、童貞さんなんじゃろ? 自分を犠牲に、家業を守ってきて、色恋沙汰の経験もない40歳の男子が欲情をぶつけられても戸惑うだけじゃて」
「……もっと早くに貴女に相談すればよかったわ……ソフィ様」
「変なところで尊敬の念を送らないでくれんかの。まぁ……裸で押し倒されでもすれば抗う術はないじゃろうが、そこはエクレールが死守するじゃろ。とにかくじゃ。アレンの方から積極的に……ということを求めてもそれは難しい。じゃから、ちゃんと好意があるということをわかってもらいつつ、アレンの方から『好きだ』と言ってもらえるように駆け引きをしていかねばならぬ」
「か、駆け引き?」
戦いの駆け引きなら得意なのだけれど。
「あやつも男。好きな人に『好きだ』と告白するなら自分から……という意識はあるじゃろ。だからとにかく、おぬしはアレンに自分のことを好きになってもらうことに徹すればよい」
「簡単に言うけど……」
「そう、簡単には言える。自分のこととなると頭が真っ白になるということはわしもつい最近体験したことじゃからよくわかる。まずはなんでもよいと思うのじゃ。料理が得意であれば、手料理をふるまってもよいじゃろうし……いや、得意じゃなくとも、不器用ながらに自分のために作ってくれたうれしい! になるやもしれんな。とにかく行動あるのみと思うのじゃよ」
そうか。単純なことだった。そもそもの、アレンとのコミュニケーションが足りていないのであった。彼が何が好きとか、全然わからない。アイリスは目が覚めた想いだった。
「でも、エクレールが……はぁ」
「強固な壁じゃな。しかし今のおぬしには白雪がおる。うまく利用すれば、エクレールを抑えられるはず。長時間は無理やもしれぬし、エクレールがいないことをいいことに他の輩がよってくるじゃろうが、それはおぬしが叩き伏せればよい」
「……ソフィ様。わたし、すぐにでも貴女のギルドに戻りたくなってきたのだけれど」
「じゃから変なところで尊敬されても。まぁ、おぬしがいてくれるとわしもこれからいろいろな面で助かるのじゃが、フレーシアがのぅ。それはいいとして、がんばるのじゃ、アイリス。わしはおぬしを応援するぞ!」
アイリスがソフィと初めて出会った時。
ソフィはまだ幼女だった。外見は幼いが、中身は元女神であるため、様々な知識を持っており、瞬く間に北のギルドを立ち上げてしまった。
アイリスは冒険者になることを熱望していたものの、両親からは猛反対されていた。貴族の、しかもひとり娘が冒険者になるなんてありえない。周囲の反対は、彼女を押しつぶそうとした。
冒険者になることを諦めようとしたアイリスに手を差し伸べたのがソフィだった。
ソフィは『この子は女神の加護を受けた素晴らしい者であり、冒険者となる運命。末代まで一族に繁栄をもたらす光となるであろう』という予言めいた話をでっちあげ、アイリスの両親を毎日のように説得。その頃にはソフィは元女神ということを誰もが信じるくらいにギルドでその手腕を発揮しており、彼女の話の信憑性は高まっていった。
ついに折れたアイリスの両親は、彼女が冒険者となることを承諾。
アイリスはその期待に応えるために努力を続けた。ただ、ひたすらに。理想を追い求めて、強く、強く。
それなのに、簡単に捨てた。あの時は、それでいいと思っていた。あのまま北の大ギルドにいても得られるものがないと思ったのもまた事実。ソフィはショックだっただろう。しかし今。彼女は、恨み言ひとつなく、自分に真摯に助言をしてくれている。こんな形で反省させられることになるとは思わなかったものの、アイリスは自分を恥じるしかなかった。
「……ごめんなさい……ソフィ様……」
「あ、アイリス!? な、なぜ泣いておるのじゃ!? だ、だいじょうぶじゃ、きっとうまくいくからな! ああ、わしが言っても説得力が全然にゃい……。と、とにかくわしがついておるからな!」
ソフィはアイリスの頭を抱いて、よしよしと撫でるのであった。
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