ソフィとルシード(後編)

「す、すごいのじゃ……すごい、です! なんてはやさ……風が、冷たくて気持ちいい」

「怖くないですか?」

「うむ! あ、は、はい! 優しく飛んでくれているのですね」

「ソフィ様が気に入っているのでしょう。こいつ、普段はもっと荒いんですよ」

 ルシードはそれでも、ソフィが不安にならないように優しく支えている。その温もりが、ソフィをドキドキさせた。


 この時間が長く続けばいいのに。

 しかし目的地にはあっという間に到着してしまった。

 残念だなぁ……と思う間もなく、ソフィは目の前に広がる光景に目を輝かせた。

 もちろん、この場所が何かを彼女は知っている。しかし人間の身で、こうして間近で見るのは初めてだった。あまりの美しさに、彼女は感動で震えている。


「水晶の、渓谷……」


 見渡す限りの水晶は、太陽の光を受けてまばゆく輝いている。

 幻想的な光景にただただ見入ってしまう。


「よかった。少しは元気になってくれましたか?」

 ルシードが目を細めて言った。

 逆に気遣われてしまうなんて。心の傷が癒えていないのに、他人に優しくできるなんて。ソフィは嬉しくて泣いてしまいそうになる。


「……ここは、俺にとっての思い出の場所なんです。とても美しいところでしょう?」

 そう言って、ルシードは少しだけ寂しそうに笑う。

 ソフィはそんなルシードを愛しく想い、そしてその心を少しでも癒してあげたいと思った。


「ルシード……さん。おぬし……あなたに、伝えたいことがあります」

「なんでしょうか?」

「こんなこといきなり言われても困ると思う。でも、どうしても気持ちが抑えられないのじゃ。ルシード、わ……たしは、あなたのことが好き。好きなの……」

 ルシードは驚いて目を大きくした。それは彼が想像もしない言葉だった。

「会って間もないのに、変な話だと自分でも思う。自分自身、初めて芽生えたこの感情に戸惑っておる! でも、この気持ちを伝えないと、きっと後悔する……だから……」

 ソフィは今にも泣きだしそうなのを堪えた。心臓の音がうるさい。顔が熱い。苦しい。

 ソフィはルシードがどんな顔をしているのか、怖くて見ることができなかった。

 呆れているだろうか、気持ち悪いと思っているだろうか。こんな気持ちになるなんて、やはり打ち明けるべきではなかったのか。


 そしてルシードは口を開いた。


「ソフィ様。その気持ち、嬉しく思います。けれど……俺は……まだ、気持ちの整理がついていません。ついたとしても、彼女のことはずっと忘れられないでしょう」

「……そう、じゃよな。うん、わかっておった。わし……わたしに入り込む余地は、ないのじゃな」

 ソフィの目から大粒の涙がこぼれる。

 ルシードは困った顔で、しかし笑って見せた。


「ソフィ様。俺はこれからも彼女のことを思い出すでしょう。それでも、それを受け入れてくれるなら……まずは友だちになりましょう。ソフィ様に俺のことをよく知ってもらいたいし、俺もソフィ様のことを知りたい」

「……え?」

「それと、無理にしゃべり方を変えなくてもいいです。ありのままのあなたが、俺は素敵だと思います」

 ソフィは大切なもののために、自分を犠牲にして向かえる、優しくて強い人。そうルシードは思っていた。

 ドワーフの里に滞在して間もないものの、彼女が皆から信頼されているのを見て、その人柄に触れることができた。元女神ということは関係なしに、彼女と冒険者の絆は深い。

 ギルドの仲間を救うために、ソフィが南の大ギルドマスターに頭を下げた……という話も聞いたことがあった。それだけ真剣に冒険者に向かい合ってくれるギルドマスターはなかなかいないだろう。


「す、素敵……わしが……あうあうあう。わかったのじゃ。それならルシードよ、おぬしも畏まらずに気さくに話しかけてくれなのじゃ! わしは女神様ではなく、ただの女の子なのじゃからな!」

 ただの女の子、いや只者ではないだろう。少なくとも、心より尊敬できる人物だ。

「わかった。改めて、よろしくな……ソフィ」

「うむ!」

 ソフィは涙をぬぐって、笑った。


「ソフィ……ひとつ、お願いがあるんだ」

「なんじゃ?」

「……歌を、歌ってくれないか。あの美しい歌声を、聞きたいんだ」

「わ、わしの歌をか!? あ、あの時の歌は特別な力を込めたものじゃから、普段はあんな風に歌えないのじゃが」

「……それでもかまわないんだ。お願いだ」

「……わかった」


 ソフィは歌う。

 その歌声はやはり、美しい。

 ルシードは涙をこぼした。そしてその場に崩れ落ち、声をあげて泣いた。


 ソフィはその頭を優しく胸に抱き、歌い続けるのであった。



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