第134話 執念と怨念

 ブルーとレオンの背後より現れたのは、巨大な黒いスライムだった。

 人間よりはるかに鼻の利くレオンだったが、すぐそこまで接近するまで気づくことができなかった。

「ぶるーの仲間? ちがうよな」

「うん。スライムっぽいけど別のナニカだ」

 どちらかと言えば自分の仲間なのかもしれない、とレオンは思った。

 この黒いスライムはまるで【魔獣】のようだった。それも死と怨念をたらふく喰らった、凶悪なモノだ。


「う~! 近寄るな、このっ!」

 レオンの全身の毛が逆立つ。そして放たれたのは──雷。

「すごい! なにその技!」

「エクレールの雷をいっぱいくらってたらできるようになった!」

 雷に耐性のあるレオンは、すなわち雷の属性にある。雷のマナを受けることにより、自然とその力を扱えるようになっていたのだった。

 雷を受けた黒いスライムは一旦は動きを止めたものの、すぐに動き出した。

 黒いスライムは地面を、岩肌を黒く変色させながら進む。

 あれに触れれば死ぬ。ブルーもレオンもそれを感じ取った。



 その頃。

 ルーシーとリィン。そして元魔王直属四天王たちの前にも、黒いスライムは現れていた。

 物理攻撃はもちろんのこと、魔法もほとんど効果がない。『逃げる』という選択肢しか残されていなかった。

「あっちからもこっちからも出てきますわ!」

「やばいやばいやばい! 一旦外にでなきゃ」


 気がついた時にはすでに遅かった。


「畜生。ここにきた全員を喰らうつもりか」

 グレイは怒りながらも、笑っていた。

 聖杯なんてとんでもない。これは悪意の塊だ。しかし、それこそ俺に相応しい。

「お、おい、グレイ。はやく逃げようぜ!」

「おお、ヨギ。短い付き合いだったな」

「は? あ」

 グレイはヨギを蹴り飛ばした。古くからの付き合いである、弟分の彼を、容赦なく。

「ひっ……ぎゃああぁぁぁっ!!」

 地面に転がったヨギに黒いスライムが集まってくる。ヨギは黒いスライムの餌食となり、生きたままじわじわと消化されていった。

 ヨギと仲間たちが喰われている隙に、グレイはその場を抜けていく。

 グレイの高笑いがこだました。



「【英霊の剣】!」

「っ!」

 セブンはいくつもの剣を召喚し、【シュート】でそれらを放った。

 ルシードは雷の速度でそれを回避する。反撃を受けるも、セブンにはほぼダメージがない。

「あんた……一体何者なんだ」

「おれはこういうモンさ」

 セブンはいつもの自己紹介のネタを披露する。

 兜の面が開いたのをみて、ルシードは目を見開く。

「ひどい怪我だ。なるほど、歴戦の勇士というわけか。道理で手ごわい」

「いやいやいや、怪我ってレベルじゃねーだろどうみても」

 力と力がぶつかり合う。

 ルシードの意識が完全にセブンのみに向いたその時。アレンの一撃がルシードを捉えた。

「ぐう……」

 意識が途切れる。まずい。

 ルシードは自分の全身に雷を流し、覚醒する。

 さらに。雷の魔法による肉体強化、反応速度強化。ルシードアレンがぶつかり合う。


「この速度……やめてください! 身体が、壊れてしまう!」

「壊れても構わない。俺は……俺は絶対に……!」

 なんという執念。死ぬほどの痛みが全身に走っているはずだというのに、彼は止まらない。3倍速、4倍速と加速を続けながら雷を放つ。


「おい、ジャン! はやくそっちをカタづけろ!」

「やってんだよ! こっちも大変なんだ! ったく!」

 アイリスの氷の魔法が黒いスライムを凍てつかせる。彼女はハンマーでそれを砕くも、氷はすぐに溶けてしまい、黒いスライムは瞬く間に再生した。

 セレナ、そしてユーリの放つあらゆる魔法も通用しない。邪悪なマナを掃い続けるものの、凄まじい勢いで増幅していた。


「……あれもまた、マガツボシの一部。マガツボシ本体をどうにかしなければ……しかし」

 近づけない。ユーリはぎりと歯ぎしりをした。

 黒いスライムだけではない。放たれている邪気が防壁となり、近づくものを拒んでいる。

 唯一の対抗手段はジャンの持つ破魔の槍のみ。しかし次々と襲いかかってくる黒いスライムに阻まれてしまう。



 どくん。

 どくん。



 マガツボシが膨らんでいく。災厄が、溢れる。溢れてしまう。

 星降る地は、黒く、黒く染まっていった。



 ──



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