第131話 よこしまなひとたち

 雷が奔る。

「ちっ。厄介だな、雷の魔法ってやつはよぉ!」

 グレイは黒衣の男に向かって、毒霧の詰まった瓶を投げる。それも一瞬で消失する。しかしそれは、囮。

 グレイは毒牙のナイフを抜いた。


 ──予測されている。

 そう思った時にはすでに雷がグレイの身体を焼いていた。

 【オートヒール】がグレイの身体を回復させる。しかし感電して動きを止めている彼は、無防備に次の一撃を受けて倒れた。

「ヒャァァッ!」

 ヨギが鉄の鉤爪で黒衣の男を切り裂こうとする。

「馬鹿野郎っ!」

 グレイが叫んだ時には、ヨギは雷に焼かれて倒れていた。

 雷の魔法を使う相手に鉄の爪なんて向けたらこうなるに決まっている。しかしそのおかげで、グレイは立ち上がり、距離を取ることができた。距離をとったところで、雷は一瞬で詰めてくるのだが。


「これじゃあ、護りびとサマたちに罠を仕掛けるどころじゃねーな。せっかくとっておきの仕掛けがあったのによ……」

 数で勝ろうとも、雷の魔法は広範囲かつ強力。なんの対策もなしに勝ち目はない。

 これは一旦引き、護りびとサマたちがこいつとやりあっている隙に聖杯を頂くとするか。

 グレイたちは気配を消し、その場を立ち去る。

 黒衣の男はそれを追わず、先へと進んでいった。



「カミラっちー! ホントにこんなところにそんな聖杯なんてアイテムあるだかー?」

「冒険者たちが話していたんだから間違いないわ!」

「聖杯伝説は有名だが……実話だったというのか」

「そもそもー。願い叶えられるのひとりじゃないのかよん? 聖杯って一個しかないんじゃ……?」

 元・魔王直属の四天王たちは、迷宮のように入り組んでいる空洞を歩いている。

「ところでその聖杯を手にしたとして、貴様らどうするつもりなのだ?」

 なんとなくついてきてしまったベクターが、ようやくここで疑問を口にした。

「ウチはねー。一生遊んで暮らせるお金がほしいんだよん」

 オルカは豪遊生活を夢見てうっとりとする。

「オラは決まってんべ! アレンっち永遠に結ばれるように願うだよ!」

「そんなことはあたちが許さない! アレンさまと永遠に結ばれるのはあたちなんだから!」

「……貴様らは間違っている。本当に聖杯が願いを叶えてくれるとして、それであのニンゲンを虜にしようなど……本当にそれでいいのか。そんなことをしてあのニンゲンが──」

「おめは黙ってるだよ!」

「ベクターうっさい!」

 ぼこぼこにされたベクターは地面に沈んだ。え? 何か間違っていること言った?

「む。いや~な気配。また骨のドラゴン!?」

「ベクター! いけっ!」

「ちょ」

 カミラがぺいっと骨のドラゴンの目の前にベクターを投げた。

 ベクターの絶叫がこだまする。それを無視して、カミラたちは先を急ぐのであった。


「うー。やっぱりここ、やな感じ」

 レオンが震える。

「だいじょうぶ! なにかあってもぼくが守るからね!」

 ブルーは張り切っている。

「ぶるー。ぶるーはどんな願いをかなえたいんだ?」

「ぼくは、ニンゲンになりたいんだ!」

「んん? ぼうけんおうってやつにならなくていいのか?」

「うん。ニンゲンになって、それでもっといっぱい冒険して、自分の力で冒険王になるんだ! レオンは?」

「おれ、おとなになってアレンと結婚する!」

「そっかー」

 勝手に出てきてしまって、みんな怒るだろうか。

 でも、どうしても願いを叶えたい。その強い想いがブルーを突き動かしていた。

 周囲が見えていないブルーには気づくことができなかった。脅威がすぐそこまで迫っていることに。



「リィンさん。本当に進むんですの?」

「今更何言ってんの? 怖いなら帰りなよルーシー」

 リィンを止めに来たルーシーではあったものの、願いを叶えてくれるという聖杯の存在は彼女を魅了した。ハーフエルフの彼女には、真のエルフになりたいという願望があった。

 アレンと結ばれるという願いも考えたものの、自分が完璧なエルフとなり、魅了してしまえば、他の女には見向きもしなくなるだろうと思うルーシーであった。

 一方のリィンは単純であえて言うまでもないのだが、アレンを『本物のパパ』にするという願いを叶えるために聖杯を手に入れようとしていた。



 ──邪な願いが。



 マガツボシに、力を与えていく。


 その力は、間もなく、あふれ出ようとしていた。


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