第130話 マガツボシ
「……なんだありゃ。おい、セブン! おめぇの
ジャンが指さした方向に、巨大な骨のドラゴンが飛んでいた。
「違う違う、あんなのともだちじゃねえ。って……ありゃ確かに同類みてーなもんだな。ドラゴンは生命力やべーから、白骨化してもなかなか死なないんだよ」
「なんてこった」
星の眠る地。
または、龍の墓地とも言われていたことを、アイリスは思い出した。
骨のドラゴンは急降下し、その手に何人かの冒険者を掴んで浮上してくる。
「うわっ……」
「なんつーことを」
骨のドラゴンは冒険者たちを握りつぶし、その血を浴びて嗤っていた。
「あれはもはやドラゴンではありません。怨念のようなものですね」
死ぬこともできずに苦しみ、憎しみに染まったドラゴンは、生きるものを恨むだけの『祟り』となった。ユーリは骨のドラゴンの怨嗟の叫び声を聞き、悲嘆に暮れた。
「こっちに来る!」
皆がそれぞれ身構えた、その時だった。
巨大な火球を受け、骨のドラゴンは深い谷へと落ちていった。
「セレナ!!」
「アレン……こんなところで会えるなんて、うれしい」
飛んできたセレナが、アレンをぎゅっと抱きしめた。
「こらー! セレナちゃんなにさりげなく抱きついてるのアレンちゃんにぃぃぃ!」
「友情のハグをしただけ」
「もー! なに!? まさかセレナちゃんも聖杯の噂を聞いてここに来たわけ!?」
「聖杯……そんなものは存在しない。わたしは【マガツボシ】という災厄を打ち滅ぼしに来た。後始末をつけなければ……」
「マガツボシ?」
【災厄】マガツボシ。
魔月星とも禍津星とも書くそれは”凶星”である。
穢れたマナは大地に溜まるが、この地では谷からの上昇気流により天に昇る。集まった穢れたマナはマガツボシによって結晶化し、やがて大地のマナに引かれて落ちることになる。
「以前落ちたマガツボシは巨大なもので、穢れたマナを集めて落ち、この地を生命が根付かない死の土地へと変貌させた。それより以前はもっと小型のものであったが……それでもあらゆる命を奪う恐るべき災厄であった。ここより遠く、わたしの故郷にもマガツボシが落ち、一族の大半は死に飲み込まれた」
死を免れたセレナたち一族は、新しい土地で再建を図るものの、レッドドラゴン【ルビー】により滅亡させられることになった。
「マガツボシはその地を不浄に変えた後、時間をかけて再びこの地へと移動する。そしてまた空へと昇り、穢れたマナを吸収して、また大地へと落ちる」
「まるで意思があるみてーだな」
「ああ……マガツボシは、我らエルフ族より生まれたものだ」
「え?」
かつて、禁呪を使い、闇に落ちたエルフがいた。そのエルフは【ダークエルフ】と呼ばれ、一族から忌み嫌われていた。
「我らエルフ族は、不浄なものを生み出したとして、そのエルフの家族すべてを処刑した。ダークエルフは我らを憎み、復讐のために再び禁呪を用いた。ダークエルフの身体は魔に蝕まれ、別のモノへと変異した」
それが──マガツボシ。
「これは我らエルフ族がつくりだしてしまった災厄。だからわたしは、その始末をつける」
「……では、この地に落ちたというのは、そのマガツボシなのですね」
「おそらく。なぜ、不浄となったこの地にまた落ちたのかはわからない。ただ、冒険者たちの動きを見ると、これはおそらくマガツボシが仕組んだものなのかもしれない。【聖杯の伝説】を利用し、多くの命と邪心を集めようとしているのだろう。この世界を……終わらせるための力を得るために」
──私を受け入れてくれない、こんな世界なんて消えてしまえばいい。
彼女の最後の言葉が、今も耳に残っている。
「よし! 災厄といえばジャンの出番だな! 任せたぜ!」
「えー、オレかよー。やれっかなー。やれる気がしねーなー」
「破魔の槍ならやれんだろ! さっさといけ!」
「おめぇも来るんだよ……」
またもや災厄。これはもう呪われているのではないだろうか。ジャンは本当にうんざりした。
「いや。これはわたしの問題だ。皆を巻き込むわけには……」
「もうだいぶ大勢が巻き込まれてるだろーが……! つべこべ言わずに力を借りておけエルフ!」
「ジャン、どうどうどう」
「オレは興奮した馬じゃねー!」
「セレナ。皆で力を合わせて止めよう。大きな被害が出る前に」
「……アレン。みんな……すまない。ありがとう」
地鳴り。
それは不穏に響き渡る。
「まずいですね。もう誰かが接触しようとしている。場所は特定できました。急ぎましょう!」
アレンたちはユーリの案内のもと、走り出した。
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