第129話 瘦せ犬と狂犬と

 そこは【星の眠る地】と呼ばれている。


 かつて天から落ちた隕石が深々と突き刺さり、生命の息吹を感じさせない冷たい土地へと変貌させた場所である。

 灰色のごつごつした岩。草一本生えていないかさかさの地面は、かつてここで生きていた動物たちのなれ果て。骨となり、砕けて散り積もったものである。

 岩にめり込んだ、巨大なケモノの化石がそのまま残っている。奈落まで続いているかのような深い崖。風が吹くと、オォォォォという亡者の泣き声のような音が鳴った。


 遠くから爆音が聞こえてくる。

 魔法の打ち合い。冒険者同士の争いが始まっていた。


「──感知しました。こんな禍々しいマナは初めてです」

 ユーリが言った。

「これは聖杯どころかとんでもない【呪物】である可能性があります。早急に封じなければ、何が起こるかわかりません」


「ほぉー。護りびとサマも聖杯を狙ってんのか?」

 その声の方向を、ユーリは睨みつけた。

「……グレイ」

 そこにはグレイ率いる冒険者パーティがいた。キースはその中にヨギの姿を見つけた。

「よう、痩せ犬。てめー、捕まってたんじゃねぇのかよ」

「散々しぼられたけどなぁ……操られてたって言うことでおとがめはナシさ」

 けけけ、とヨギは嫌な顔で笑う。ニコルはその顔を見て、キースの後ろに隠れた。

「なんだこのチンピラどもは」

「おめーとあんまり変わらねーと思うぜ、ジャン!」

「オレをあいつらみたいなチンピラ風情と一緒にすんな、セブン!」

 グレイはアレンたちパーティを見渡した。


「なぁに、ここであんたらに喧嘩を売ろうってわけじゃない。聖杯を狙ってるのは一緒だが、無駄に血を流したくはない」

「ここでは分が悪いと思っているだけでしょう、あなたは。聖杯は、あなたが思っているようなものではありません。手を出すのはやめておきなさい」

 ユーリの言葉を聞いて、グレイは笑う。

「ひゃははは! 護りびとサマよ、聖杯自体は『ある』んだな。それがわかりゃ十分さ。じゃあな。いくぜ野郎ども」

 煙幕。

 ユーリが風の魔法で掃った時には、すでに彼らの姿はなかった。


「アレ……悪名高い冒険者、【狂犬】のグレイね」

 アイリスは一度だけ会ったその男のことを思い出した。

「ああ? グレイだと? 闇ギルドで見かけたことあるけど、あんな顔だったか?」

「足がつかないように顔を変えているんじゃないかしら。かなりあくどいことしてるみたいだし」

「顔変えてるのに名前は変えねーのか……」

「そういえば……影武者みたいなやつがたくさんいるとか」

「さっきのやつもホンモノじゃねぇかもしれねえのか」

「さぁ。本物も偽物も全員ひっくるめてグレイなのかもしれないわね」

 確かに。

 ユーリは先ほどのグレイと、前に会ったグレイ、そして最初にあったグレイとすべて微妙にマナが違うと感じていた。

 しかし、自分のことは世界樹の護りびとと認識している。何らかの方法で情報は共有されているのかもしれない。


「ユーリ、大丈夫?」

「……はい。今はあの者たちの相手をしている場合ではありません。急ぎましょう」

 グレイのことはいずれ始末をつけなければならない。彼は生き続ける限り、悪事を行い続けるだろう。それが彼にとっては日常。呼吸をするのと同じことだ。止めなければならない。


 ユーリはこぶしを握り、少しだけ震えさせていた。


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