第21章 星ニ願イヲ
第128話 願いを叶えるモノ
【聖杯】。
それは女神の血を受け、『力』を得た神の遺物。それを手にしたものはどんな願いもひとつだけ叶えることができるという幻のアイテムとされていた。
成敗は数百年に一度、現世に顕現すると言われている。
ソフィは眉間にしわを寄せたり、頭を抱えたり、唸ったりしている。
それを見るエクレールは笑っていた。
「あはは! ソフィちゃん、おもしろ~い」
「ううむ~……ありえん。ありえんけど、ありえるのか? しかしなぜこのタイミングで? 本当にそうだとしたら、大変な混乱が起きるのぅ……どうしたもんかのぅ」
──数日前の夜。
虹色に輝く流れ星を、多くの人々は見た。
ある者はそれを【凶星】と呼び、ある者はそれを伝説の聖杯の顕現、降臨だと言った。
その流れ星はこの大陸の北西に落ちたという。
中央都市の北西にある、ドワーフの里より遥か北西。
流れ星の正体を暴くため、多くの冒険者たちがそこに向かっているという。彼らは物資の補給のため、中継地点であるこのドワーフの里を訪れているのであった。
「ソフィ様。本当に……聖杯は存在するのでしょうか」
アレンは訊ねた。実在するなら、元女神であるソフィが知らないはずがない。
「うむ。確かに聖杯は存在する。かつて女神ウルドがつくったものじゃ。あれの所為で地上は大混乱……。ウルドはこっぴどくしかられ、聖杯も封印されたはずなのじゃ。二度と現れぬように、厳重に」
数ある聖杯の伝説はすべて創作でしかない、とソフィは言う。
「聖杯は確かに願いを叶えるといえば叶えるが、それは願いを叶えるというよりも……『因果律』を捻じ曲げ、『結果』を変えるという代物じゃな。ゆえにつじつまをあわせるためにいくつもの『過程』が消失することになる」
例えば『大金持ちになりたい』と聖杯に願ったとする。聖杯は『大金持ちになる』という結果を創り出すために、そのための『原因』を新たに創り出す。
その者にとって、過去の出会いや出来事が、『大金持ちになる』という結果の妨げとなるのであれば、それを『なかった』ことにしてしまう。いたはずの人間がいなくなったり、あるはずのないものが生み出されたり、無理やり結果を創り出すために機能してしまうのだという。
「歴史の改変も起きかねないとんでもない代物じゃ。あんなもの、絶対に創り出してはならんというに……」
わしも何度も止めたのじゃよ、とソフィが言う。
とにかく、そのとんでもないアイテムを手に入れようと、多くの人間たちが争うことになり、いくつもの国が滅びることになったという。
「聖杯がふたたび現れることはないはずなのじゃが……ウルドのことじゃ、似たようなものをつくり出したのやもしれぬ。確かめようにも、こちらから女神に交信することはできぬ。気まぐれで降臨した時に話を聞くことしかできぬから、確認するのには時間がかかるやもしれんな」
聖杯とはまったく別のなにかである可能性もあるし、ただの流れ星、隕石のようなものかもしれない。しかし噂に尾ひれがついて事が大きくなれば、冒険者同士だけでなく国同士の争いも勃発するかもしれない。
早急に調査しなければならないものの、すでにこれだけの冒険者が集まってきたということは、『競争』に巻き込まれてしまうことになるだろう。かなりの危険が伴う。
「アレンさん! リィンとルーシー、見なかった!?」
ドワーフの里に新たに建てられたギルド酒場に、アイリスが飛び込んできた。
「いや……ここには来てないよ」
「アイリスよ。やはり中央都市でももう、混乱が始まっておるのじゃな」
ソフィの言葉にアイリスは頷いた。
「フレーシア様は皆に聖杯の調査、それが実在するならば回収を命じたわ。けど、みんな、自分が聖杯を手に入れようって躍起になってるの。闇ギルドまで介入する始末よ」
皆、半信半疑ではある。聖杯が本物である保証はどこにもない。それでも、もし本物の聖杯だとしたら。早い者勝ちである。
「アイリスー。やっぱりどこにもいねぇわ、あいつら。お、アレンじゃねーか」
ジャンに続いて、アオイもギルド酒場へと入ってきた。
「ううむ。これは本来禁じられておることじゃが……『裏技』を使ってウルドに交信を試みるしかなさそうじゃな。アオイ、すまぬがわしを中央都市まで連れて行ってくれ」
「あいわかった」
「アレンよ。どうも嫌な予感がする。無理に調査になど行かず、わしが戻ってくるのを待つのじゃ」
「わかりました」
「それではアオイ、頼むぞ……って運び方ああぁぁぁぁっ!」
アオイはソフィをわきに抱えて、ものすごい速度で走って行った。
「アレンさん。わたしとジャンはリィンとルーシーを連れ戻しにいってくる」
「ったく、しょーがねーふたりだな。願いを叶えるなんてそんな都合のいいモンがあるかよ」
そこに。
「おおい、アレン! ブルーとレオンが、今ウワサになってるっていう聖杯ってやつを探しにいっちまったって!」
セブンがやってきて、そう言った。
「あと、カミラやその他諸々も北西に向かったとか。あの蝙蝠じいさんがのんきに言ってたぜ!」
連れ戻しにいかなければ、危険に巻き込まれてしまう。
こうしてアレンたちはアイリスとジャンに同行し、聖杯の落ちたという地へとむかうことになるのであった。
──あと少し。あと少しで、念願が叶う。
何を犠牲にしても、必ず手に入れる。
黒衣を纏った男は、天を仰ぎ見た後で、歩き出した。
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