第127話 淡い夢

「昨日はバタバタしててちゃんと挨拶できなかったけど……久しぶりだね、ジャンくん」

「あー。おう、久しぶり」

 ジャンはカミュを見ずに、ぶっきらぼうに言った。

「すっかりたくましくなっちゃってまぁ。おねえさん、うれしい」

 おねえさんって年じゃねぇだろ。という言葉をジャンは飲み込んだ。すでにこの未来をいやがるな。ジャンはじとーとした目で見てくるカミュを見て察した。


「元気だった?」

「ああ」

「もう、素っ気ないのね。相変わらず」

 今更どんな顔を向ければいいのかわからないだけだ。どんな言葉をかけていいのかわからないだけだ。

 偽物相手ならずいぶんと気安く話せていたものなのに、どうしてだろうな、とジャンは苦笑した。


「……悪かったな。色々と」

 ジャンはようやく、その一言だけを絞り出した。

 カミュは目をぱちぱちとさせた。

「どうしたの急に」

「オレは……おめぇのことをちゃんと知ろうとしていなかった。そのことに気づいただけだ」

 しばらくして、カミュは笑う。

「ううん。あたしもわがままだったと思う。お互い、若かったってことね。ねぇ、ジャンくん。あたしたち、やり直さない? そうしたら今度はうまくいくと思うんだけど」

 ジャンはカミュを見た。

 これもな。やりづれーな。ならばこの後、オレが何を言うかわかっているはずだった。ジャンは口を開く。


「そんなこと、思ってもいねーくせに。あの夢魔と似たようなこと言ってるんじゃねーよ。『自分が選んだ事を後悔しない』。そうだろ?」

「その通り♪ ふふふ、やっとこっち見てくれた」

 思ったより顔が近くにあって、ジャンは視線を逸らした。

「んだよそれ、ちっ……。それにしてもセブンのヤツ、どこに消えた。もう、先へ行くからな、オレは」


 ジャンは足早に行ってしまった。その背中を、大きくなった背中を、カミュは目を細めて見つめている。

 彼の心には、すでに特別なひとがいる。入り込む余地はない。


「うん。後悔してなかったよ。でも、久々に会ったら……今、すっごく後悔しちゃった。どうしてくれるの、もう」

 そのつぶやきは、ジャンには届かない。

 

 あの日々は、今思えば、夢のようだった。

 二度と戻ってはこない、かけがえのない時間。


 カミュはぐっ、と涙をこらえた。


 泡沫の夢に別れを告げ、彼女はまた、歩き出した。


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