第124話 カミュ

「くすくす。そう、そうよ。心を閉ざして、黒く塗りつぶして。そしてな~んにも感じなくなったら、元の王サマに戻れるわ。完璧になったアナタを、あたしは喰らいつくしたいの。でも、ここから出してと泣いて懇願するアナタもおいしそう。さぁ、さぁ、王サマ。あたしに素敵な顔をみせてくださいな」



 その時だった。


 悪夢の世界が、ひび割れたのは。

「まさか! あの子……!?」

 夢魔ベルベットは、もう一つの悪夢ゆめへと意識を向けた。


 ジャンは──ていた。

 

 ジャンが見せられた悪夢ゆめ。それは、ドロップを失った、あの場面を見せられるというものだった。何度も、何度も。


「このくそやろうがあぉあぁぁぁああああ!!! ぶっっっっっっ殺してやるっっ!!!」

 ジャンは破魔の槍に、自分の魂を少しばかり『喰らわせた』。真の力を発揮した槍が、ジャンにまとわりついていた悪夢を破壊していた。


「槍に全部魂喰われても、てめぇだけはぶちのめす!!!!」

 蒼い獣が、そこにいた。

「……これは想定外だったけれど、悪夢ゆめの中であたしを破ることはできないわ。もっといい悪夢ゆめを見せてあげる」

「──あなたにも悪夢ゆめを見せてあげるわ」

「え」


 ベルベットの胸を、大剣が貫いていた。

 悪夢の世界が、音を立てて崩れ去っていく。



「……おめぇ……ニセモノじゃ、ねーよな。カミュ」

「さぁ、夢かもしれないわね」

 そういって、カミュは笑った。


「あなたね。あたしの夢に入り込んできていたのは」

「……ごふ。そうよ。槍の男に近しかったアナタなら、彼の心を乱せると思ったから。記憶を盗んで、模倣コピーさせてもらったの」

「昔の女じゃ、駄目だったでしょ?」

「……そうね。少しでも未練があったなら……とっても簡単だったのに。まさかここまで、あの記憶の中の少女を……しくじったわ」

 ベルベットがその姿を消した。


「逃げやがったか……追わねーと」

 走り出そうとしたジャンだったが、強いめまいにやられ、その場に座り込んでしまった。

「ずいぶんと無茶したわね」

「……うるせー。どうしておめぇが、ここにいる」

「あたしのスキル、知ってるでしょ。【夢見】のスキル」

 【夢見】。

 予知夢の一種である。

 彼女が見た夢は、現実で起きる可能性が高い。


「それならもう少し早く来いよな……」

「あの夢魔はただの夢魔じゃないわ。あたしの記憶ゆめを探りにきただけじゃなくて、あたしを悪夢の中に閉じ込めていたのよ。まぁ、それも事前に【夢見】で見ていた出来事だったから、事前に対処できていたけれど」

 それでも、覚醒するのに時間がかかってしまった。


「よくわからねーけど、まぁ、助けてくれてありがとよ」

「ジャンくんがあたしにお礼を言うなんて……不思議。でも、間に合ってよかった」

 カミュの【夢見】ではあの後、悪夢の世界に再び飲まれかけたジャンが、槍にその魂をすべて捧げて、夢魔と共倒れするという未来があった。それを変えるために事前に手を尽くしていたのである。いくつもの、小さな行動を積み重ねて。

 そうしたカミュの動きを知らないものの、かつて彼女と共に行動してきたジャンにはなんとなくそのことを察することができた。

 【夢見】による予知は完全ではなく、未来は不確かなもの。行動を変えることによって、結果は変わる。悪夢であっても、変えられるのであれば、必死に手を尽くす。それがカミュだった。


 ジャンはカミュが多くを語らないがために色々と誤解してしまったが、離れてみて、彼女がどれだけ多くの人を救っていたのかを客観的に知ることができた。自分のことしか見えていなかったことを、若かりし頃のジャンは恥ずかしく思うのであった。


 ふと、地面が微かに揺れた。

「行かなきゃ。ジャンくん、立てる?」

「ああ。いける」

 カミュがジャンに肩を貸す。その身体が以前よりもずっとたくましくなっていて、カミュは嬉しくなると共に、少し切なくなる。

 お互いのぬくもりをなつかしく感じながら、二人は走り出した。

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