怪人深紅、現る(前編)
怪人
それは最近、中央都市を賑わせている【怪盗】である。
深夜。貴族の屋敷から『お宝』を盗み回っている、この正体不明の怪盗が次に狙いを定めたのは──。
「きーっ! 怪人深紅がわたくしの【アダマンタイトの指輪】を狙っているですって!?」
フレーシアは憤慨した。
アダマンタイト。それは金剛石かそれ以上に硬い宝石。採れる数は少なく、金剛石よりも希少性が高い。このアダマンタイトを加工した武具は至高の逸品とされ、小国が買えるほどの金額で取引されるという。今やアダマンタイトを加工できる技術を持つドワーフもほとんど存在しないため、その価値は年々高騰していた。
「フレーシア様よ。アンタんとこの冒険者たちなら十分対処できるんじゃないんですかイ? わざわざオレたち闇ギルドに依頼せずとモ……」
「念には念ですわ。怪人深紅が何者であったとしても、わたくしに喧嘩を売ったことを後悔させてやりますわ……!」
「ま、こちらは報酬さえいただけれバ、なんでもやりますがネ」
そう言って、闇ギルドから派遣されてきた男は、その予告状に目を落とした。
今夜。
貴女の大切にしているお宝を頂きに参ります。
「一応確認しておきますゼ、フレーシア様。アンタが大切にしているお宝……それは、アダマンタイトの指輪で間違いないのですナ?」
それはフレーシアもひっかかっているところだった。
フレーシアが大切にしている宝物は数多くある。その中にはアダマンタイトの指輪よりも高価なものがある。しかしこの指輪は、彼女にとって特別意味のあるものであった。
他の宝物であればまた金を積めば手に入るものもある。しかし思い出は──買えない。
「ま、話せないワケありのお宝ということですナ。わかりましタ。闇ギルドの名にかけて、必ずお宝を守りましょウ」
「……お願いしますわ」
「で、なんでまたオレがおめぇらに引っ張りだされなきゃなんねーんだよ」
ジャンはぶつぶつと文句を言う。
「怪人深紅が人間じゃない可能性を考慮してのことね。どんなバケモンでもあんたの槍ならぶち殺せるデショ」
刺繍布をつけた礼服のようなものを着た少女が、ジャンの尻を蹴った。
「人間じゃない可能性があるのかよ」
「そりゃそうネ。一週間前の事件の時のこと、聞いたアルか?」
「ん。お宝を囲むように警護していたにも関わらず、犯行予告時刻になったらお宝が消えたとかなんとか」
「そうネ。魔法の残滓はなし。屋敷の周囲に張っていた結界にも反応なし。人間業じゃないネ」
「ふぅん……それなら、あー。オレよか適任がいるかもな。ちと、連れてくる」
「はやくもどるあるヨ」
へいへいわかったわかった、とジャンはひらひらと手を振った。
「それで、私の力が必要と」
ユーリは少しだけわくわくしていた。
小説【怪盗ロザリオ】シリーズを読破したばかりだったからだ。
それは創作物ではあるが、怪盗紳士ロザリオというキャラクターはとても魅力的だ。紳士にして、冒険者。変装の名人でいくつもの名を持っている。貴族の城館や資本家の邸宅などに華麗に忍び込み、宝石や美術品、その他貴重な家具などを盗んでいく大胆不敵な大泥棒。素敵だ。
「これまでに誰もその姿を見たことがねえってんだ。透明人間って話もあるが、気配すらねぇ。マナの感知に長けたおめぇなら何か手掛かりが掴めるんじゃないかって思ってな」
姿なき泥棒。その謎が解けない限り、捕まえることなどできないだろう。
どんな生物でもマナはある。仮に透明マントのようなアイテムで身を隠しても、感知することは可能なはず。完全にマナを遮断する方法があるのだろうか。
「とにかく頼むわ、ユーリ。便乗して変な泥棒もでてきてるっていうし、このままだと収拾がつかねぇ。もし、怪盗深紅の犯行を防ぐことができたなら、オレの報酬は全部くれてやるからよ」
「別に報酬は……いや、いりますね。本を買うのに。わかりました、力になりましょう」
怪盗深紅。その正体が今夜……暴かれる、のか?
ユーリはフレーシアの屋敷中を見て回る。各部屋にはすでに結界が張られている。警備の衛兵が大勢、南の大ギルドの冒険者たち、そして夜闇に溶け込む闇ギルドの面々、それに加えて魔導ゴーレムまで導入されている。
こんな状況で、怪人深紅はどのようにして宝物を盗み出すというのか。
──そして犯行予告時間が訪れた。
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