アレンとゴルドの決闘(後編)

 初級ダンジョン【ディ・センバ】。

 ダンジョンに関する知識はあるものの、実際に足を踏み入れてみて、その手ごわさを、アレンは身をもって知った。

 アレンは雷の魔法を放つ。赤いリザードマンは盾でそれを防いでいる。

「アレンちゃん! 上!」

「くっ!?」

 天井。大きなサソリのようなモンスターが、棘の尻尾から紫色の液体を放つのが見えた。アレンはそれを雷で薙ぎ払う。

 続けざま、赤いリザードマンの口から火球が放たれた。アレンはこれをかろうじて回避する。

 

 迫りくるモンスターたちをどうにか突破するアレンだったが、その消耗は激しい。温存を考えては駄目だ。常に全力で立ち向かわないと、逆に消耗することになりかねない。

 アレンは回復薬を飲み、気を入れ直した。


「アレンさん」

「……アイリス!?」

 まさか、ゴルドがもう翡翠の花を入手してしまったのだろうか。

 やはり上級冒険者はレベルが違うのか。


「ゴルド……戦闘不能によりアレンさんの勝利ということで」

「え?」

 沈黙。静寂。

 言葉がどこかへ行ってしまった。


「あ」

 アレンはアイリスの背後の壁面に、光を放っている何かを見つけた。

「……これ、翡翠の花、だよね」

「そう、ね」

 緑の光を放つ、宝石の花。アレンはそれを手に取り、アイリスに差し出した。

「アイリスに、あげる」

 そう言って笑った彼の顔はまるで子供のようで、アイリスはまたドキッとしてしまうのであった。



「このぼくが……あんな油断をするなんて」

 ゴルドは落ち込んでいた。金の鎧は泥まみれだ。何があったというのだろうか。

「三番勝負って言ったわよね。二勝でアレンさんの勝ちね」

「ま、まだだ。最後の勝負、これが重要だ」

 アレンの頭の上で、はやくあきらめればいいのにーとエクレールがあくびをする。


「聞くだけ聞くわ。何なの、その最後の勝負って」

「我が愛……アイリスをドキッとさせた方の勝ちだ!」

 それならばすでにアレンが勝っている。と言いたいけれど、言えないアイリスだった。

「具体的に、どういうことなの?」

「愛の言葉できみのハートをつかむのさ!」

 いや、全然具体的じゃない。


 ふいに、ゴルドがアイリスの手を掴んだ。

「アイリス。きみのことはぼくが生涯をかけて守る! ぼくはきみを、愛してる!」

 真剣なまなざし。

 面と向かって言われると、ちょっとものがある。こんなしょうもない男なのに。

 しかし、自分を想ってくれる人がいるというのはいいことなのかもしれない。

 そもそもアレンは自分のことなんて、女性としてみてくれていないのかもしれない。ぼこぼこにのしてしまったこともあるし。そう思うと、なんだか悲しい気分になってしまうアイリスだった。


 ──しかし。

 

 アイリスのその表情は一変する。



 アレンはどうしていいのかわからなかった。だからただ、ゴルドと同じセリフをなぞっただけだった。


「アイリス。きみのことは、僕が生涯をかけて守る! 僕は、きみを……あ、愛してる!」

 アレンは顔を真っ赤にして、アイリスの手を握っている。エクレールも別の意味で顔を真っ赤にしている。鬼の形相。

 アイリスは自分の顔に火がついたのではないかと思った。今、自分がどんな顔をしているのかわからない。心臓が口から飛び出しそうというのは、このことか。あまりにも心臓がはやく動くので、呼吸が苦しくなる。


「あ、あ、その……はい。よろしくおねがいしまする」

 アイリスは目を潤ませて、そう答えた。

「ちょっ! なにいい雰囲気になってんの! これ、ただの勝負でしょ! 離れて離れて! おーしーまーいー!」

 エクレールが二人を無理やり引き離した。


 ゴルドはその場にがくりと座り込む。

「そ、そんな……。アイリスのあんな顔、はじめて……みた。ぼくの負け……? み、認めない! そんなこと、絶対に」

「はいはい。いい加減にしておきなー」

 ゴルドの口からぐえという声が漏れる。

 長身のゴツイ女性が、ゴルドの首根っこを掴んでひょいっと持ち上げている。


「ウチのゴルドが迷惑かけたね。ちょいと自由にさせすぎた。これからは厳しくいくからね。おっ、【白銀の闘鬼】。ひさしぶりだね」

「【覇王の戦斧】──ユリア」

 または【鉄腕】。巨大な戦斧を軽々と振るう【特級冒険者】のひとりだ。実力に乏しいゴルドが【上級冒険者】でいられる理由のひとつでもある。

 ゴルドは光の魔法を使えるという希少性を買われ、ユリアのパーティにスカウトされたのであった。彼女らのパーティに同行するだけで、いとも簡単に上級冒険者試験を突破したというわけだ。


「おっ。あんたが噂のアレンだね。なかなかかわいい顔してるじゃないか。どうだい、ゴルドの代わりにウチに来ないか?」

 ずい、とユリアの顔が近づく。ゴルドは「しょんな~」と情けない声を出している。

「アレンさんは貴女のパーティには入らないわ。さっさとその金色、連れて帰ってくれないかしら」

 ユリアはアイリスを見て、にかっと笑った。

 この人もなんだか、ゴッツさんみたいだなぁ。アレンはのんきにそんなことを思う一方で、ユリアの底知れぬマナを感じ取っていた。まるで樹齢千年の大木だ。アレンは圧されながらも、真っすぐに向かい合っていた。


「ふぅん。あたしを前に少しも怯えないとは面白い男だね。ふんふん、なるほど。それでいい顔するようになったか……アイリス。“壁”を超えたんだね。いい勝負ができそうだ。その機会はまだとっておこうかね。それじゃ、いくよ、ゴルド!」

 ユリアはゴルドを引きずり、のしのしと歩いて行った。

 

「な、なにを変なこと言ってるのかしらね、あの女」

「ねーねー。いつまでおててつないでるのー?」

 アレンとアイリスは、ずっと手を握り合ったままだとエクレールに気づかされて、慌てて離れた。


 少し、気まずい時間が流れる。


 口にするかしないか。悩むアイリスの唇が震える。

「アイリス?」

「アレンさん。今日は……かっこよかった」

 それだけを言うと、アイリスは走り去った。


「え?」


 何を言われたのかしばらく理解できないアレンは、その場でぼんやりとアイリスの背中を見送っていた。


 ぎりぎりぎりというエクレールの歯ぎしりのような音だけが聞こえてくるのだった。

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