湯けむりに消ゆ

 アレンたちが帰還する前の日の夜。エクレールは女湯で囲まれていた。

「なんでアタシつれてこられたのー? あ、感覚遮断しないと、視覚情報がアレンちゃんに伝わっちゃう」

「アレンになら裸を見られても構わない」

「わ、わたしはちょっと、その、まだ」

 そもそもエクレールは、彼女たちの裸をアレンに見せるつもりはまったくなかった。


「ねーねーエクレール。パパは女の人のからだのどこが好きなの~?」

 リィンがいきなり切り出した。

 ──なるほど、そういうことか。

「胸は大きい方が好みなのかしら」

 ルーシーが言う。大きい小さいで言えば、彼女の胸はとても大きい。


「んー。アレンちゃんは、どちらかというとおっぱいよりもおしりとか、ふとももに目がいってるかなー。あと、うなじとか? 前に『うしろ姿のきれいな女の人って素敵だなぁ』って言ってたことがあるよ」


 もちろん──嘘である。


 アレンはに興味がないわけではない。

 性的な部分に目がいきそうになると、ふいっと目を逸らすのでそれはそれでわかりやすい。感覚を遮断したとしても、その目線で女性のどこに興味があるのかは丸わかりなのであった。


 これは、彼女らがど正面からアレンを誘惑しないための、エクレールの策であった。

 ああでも言っておけば、彼女らはアレンにうしろ姿ばかりを見せつけることにこだわるだろう。実際、この数日あと、アレンはしばらく何故か彼女たちのうしろ姿しか見かけなくなっていた。


「……おしり。シェイプアップしないとですわ」

「ルーシー、全体的にたるんでるもんね。しかもちょっと毛深い」

「ひ、ひどいのですわ……」

「ねー、そろそろアレンちゃんのとこに戻っていい?」

「だめ。次はアレンの身体的特徴について」

「身体的特徴って……もーう。そういえば、前よりも筋肉がついてきてたくましくなったと思う! むきむきーって感じじゃなくて、こう、ぎゅっと引き締まっているみたいな感じ。あと、おしりがかわいい」

「じゅるり」

 誰だいまヨダレ垂らしたのは。


「ねー。パパって、ほんとうに40歳なの?」

「肌のつやのよさといい、あの童顔といい、20代と言われてもわかりませんわね」

「ほんとほんと。ルーシーのほうが年上のおばさんに見えるよね」

「……リィン。いい加減にしないと怒りますわよ……ほんと」

「んーとね。ルートの町で道具屋やってた時にね、色々な美薬品を作っては自分でも試してみたりしてたんだって! お肌すべすべだし、おしりもぷりぷりしてる」

「じゅるり」

 誰だいまヨダレ垂らしたのは。


「これはやはり男湯に乗り込むしかないだな!」

 バーバラがばしゃっと立ち上がった。

「やめなさいこの盛りのついたメス牛」

「くっ、いかせない!」

 そしてバトルが始まった。



「なんかさわがしいなぁ」

「ただいまー」

「エクレール。なんかあっちの方がさわがしいけど……何かあったの?」

「んーん。なんか女の子同士で親睦を深め合ってるみたい」

「そっか。みんな、仲がいいんだなぁ」

 そんなわけはなかった。時々アレンの思考回路がどうなっているのかわからなくなるエクレールだった。とはいえ、彼の事情もよくエクレールは、それも仕方ないのかなと思うところもあった。


 ずっと家族を支えて、遊ぶこともせずに、ただ黙々と仕事をして……。朝早くから夜遅くまで。それだけの日々だったのだ。

(念願かなって冒険者になれてよかったね……アレンちゃん)


「あれ?」

「え?」

 あ、しまった。油断した。

「女湯が何やらさわがしくてな! こちらを使わせてもらうぞ!」

「あの、アオイさん、前を隠して……あーっ!」

 エクレールの目つぶし攻撃にアレンは悶絶した!

 しかし対処が遅れた。アレンの目にはアオイのすべてがしっかりと焼きついていた。

「一度肌を見せ合った仲ではないでござるか! 大丈夫でござる、拙者、もう動揺しないでござるよ! さぁ、背中を流してしんぜよう!」

「あ、今はやめ……」

 アオイがぐいっとアレンの腕をひっぱり、立たせた。


 その視線が、下半身に注がれる。

「……」

「……」

「わお」



「きゃーーーーっ!!」



 アオイが、アレンの尻を蹴っ飛ばした。

 蹴り飛ばされたアレンは宙高く舞い、そして、湯に落ちてぼこぼこと沈んでいくのであった。

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