第119話 騒乱、終焉
オロチの魂が祭られる神の山へは、半刻も経たないうちに到着した。
アレンから離れ、さらに弱っているエクレールはその形を保つことができず、淡い、蛍のような光だけの存在になっていた。
アオイは山へ足を踏み入れる。
そこから先は、境界の世界。現実から切り離された場所。
アオイはふと、違和感を感じた。誰かがここを通った感じがある。
「……鬼族の巫女か。オロチの魂を穢しにきたでござるな。そうはさせぬ!」
アオイは再び風となる。
頂上までは一本の道。しかし、簡単にはたどり着けないように幾重もの結界が張り巡らされていた。まるで迷宮。いうなればここはダンジョンであった。
(しかし、見える。道が見える)
それは、精霊の導き。エクレールを連れてきたのは正解だった。アオイは迷うことなく、最短の道のりで頂上へと向かうことができた。
そこに──いた。
アオイは刀を抜いた。
一閃。金属音が鳴り響く。
「久しいな、アオイ! 腕をあげたか!」
「……カエデ!」
鬼族は頭に二本の角が生えている。カエデと呼ばれた、巫女装束を来た鬼には、右の角がなかった。かつてアオイが斬り落としたからだ。
カエデは黒い刀を構える。
「【黒炎】。そんな呪われた刀まで持ち出すとは」
「この神の国を再び我ら鬼族の手に取り戻す。そのためなら、この身が滅びようとも!」
「……共存の道は、ないのだな」
「わらわたちからこの国を奪ったニンゲンたちを許せるものか」
「カエデ。中央の大陸にはな。人間とモンスターが共存している場所があるでござるよ」
「……ニンゲンと、モンスターが……!? 馬鹿な!」
「互いに憎み合った両者が、手を取り合い、生きていこうとしているのでござる。我らも過去の遺恨を……清算する時が来ていると思うのでござるよ」
「奪った者がなにを……戯言を!」
カエデが剣を薙ぐ。アオイはそれを弾く。
「っ!?」
「カエデ。拙者とおぬしの剣の腕の差に気づいたであろう。広い世界を知った拙者の剣と、せまい国で古き考えに囚われ続けている貴殿の剣。もはや勝負にならんでござる」
「そんな……そんなはず……! くっ……燃えよ、黒炎!」
カエデの刀を黒い炎が包み込む。カエデも黒い炎そのものへと変わろうとしていた。
「──神速・韋駄天」
音が消えた。
カエデは、斬られた……いや、みねうちされたことも知ることなく、意識を失った。
「この場所で血は流さぬ」
アオイが刀を鞘に納めた。
アオイは社にまとわりつく邪気を祓い、その場へと正座する。
「掛けまくも畏きかけまくもかしこき
アオイが深く頭を下げる。
『おや、シキの娘のアオイか。おっきくなったねー。その、祝詞? だっけ、別にいらないよ、呼んでくれれば普通に出てくるから』
社から、にゅっと白い影が現れた。
「古いしきたりゆえ。まぁ、そのような古きしきたりもまた、新たなものに変えていかねばならぬかもしれませんが」
『ジパングの人たちは古風にこだわるからねえ。そっちに倒れているのは鬼の巫女だね?』
「はい。カムイさまに穢れを放とうとしていました」
アオイたちジパングのものたちは、オロチの魂をカムイと呼んでいた。少なくともこのオロチの魂の前ではそのように呼び、意識と肉体とが結びつかないように配慮していた。
『はぁ。まだ争いは続いているのだね。困ったものだ。それで今日はどしたの?』
「カムイさまに救っていただきたい者がおります」
アオイは事情は話した。
「……というわけで、カムイさまの魂の一部を……」
「お願い……アレンちゃんを、助けて。アタシの全部捧げてもいいから」
『おや、雷の精霊だね。そんなことしなくてもいいよ。ほら、もっていきなさい』
白い影の一部がぷつんと切れて、アオイの手に落ちた。それは石のように硬くなる。
『それを飲ませてあげなさい。せっかくだから色々とお話ししたいところだけれど、あんまり時間はなさそうだね。またいつでもおいで。暇してるから』
「……皆、畏れ多いのでしょう。カムイさまと話せるものも限られておりますので。父にはよく伝えておきます」
『シキが子供の時はよく遊びに来てくれていたものだけどねぇ。それじゃ、またね。あ、大丈夫だと思うけど、山を下りる時はくれぐれも振り返らないように』
「かしこまりました」
アオイはカエデを背負い、また走り出す。
時間が、ない。アオイは全速力で帰り道を駆けた。
──。
一方、その頃。
再びオロチの肉体のある地中に鬼族は現れた。
こうなればオロチの肉体を柱から無理やり切り離すしかない。もはやこの国を沈め、運命を共にする。それが鬼族の選択だった。
鬼族は総力をもって事に当たろうとしていた。
しかし。
それは妨げられた。
鬼族は、本当の鬼がどういったものなのかを、この日知った。真の恐怖を、知った。オロチよりも、【災厄】よりも恐ろしいものを、彼らは見たからだ。
鬼族、壊滅。
さらに凄まじいのは、圧倒的な武力と言うか暴力を受けたにも関わらず、死者はひとりもでていないことだった。
鬼族はここより、長年続く悪夢に苦しむことになる。
夕焼けに佇み、真紅に染まったあの女たちの姿を、脳裏から消すことは──もうできないだろう。彼らは生涯に渡り畏れ続け、この日のことは伝説として後世に語り継がれることになるのであった。
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