第118話 アオイ、奔る

 アオイの父親は語る。


「ジパングの中央に【神の山】がある。その頂上にあるやしろにはオロチの魂が祭られている。魂と肉体が切り離されているから、地底に封じられているオロチの肉体が完全に死ぬことはない。いや、厳密に言えば滅ぼすことは可能だ。しかし、できない。先ほどその子がいってたように、オロチがジパングの【要柱かなめばしら】の役割を果たしていたことにある」


 オロチはもともとは、ジパングを支える要の石であったという。それが強大な魔力を得てあやかしとなったものがオロチだという。

「そのままであれば、地中で溶岩を喰らうだけの大人しい妖であった。ジパングの“柱”とくっついて離れられないオロチは、時々窮屈になって暴れ、小規模な地震を起こした。しかし、せいぜいその程度だった」

 オロチが【災厄】化した原因は、ジパングに住む人間たちと鬼族との争いにあるという。アオイの父親は続ける。


「争いにより血が流れた。淀んだ穢れが地中に溜まり続け、オロチは邪悪なものへと変異していった。そのことに気づかず、我々は争いを続けた。そして……ある日、大震災が起きた」

 ジパング全土を揺るがす大地震。それがオロチが起こしたものと彼らは知る。

 鬼族はその強大な力を我が物にしようと画策した。再び大震災を起こして、ジパングの何もかもを破壊しようとしている。すべてがなくなったこの地で、再び自分たちの世を築き上げるために。


「かつての巫女たちは、どうにかオロチの封印に成功した。しかし、穢れは溜まり続けるばかり。オロチの魂が完全に穢れた時、かつてない【災厄】がこの地に降りかかることになるだろう。だが……オロチを柱から切り離すことはできない。そこで魂だけを切り離し、清浄なる神の社に祀り、浄化しているのだ」

 残されたオロチの肉体には穢れは溜まり続けるため、【災厄】として動き続ける。その穢れを定期的に祓い、封印し直す必要もあった。

 穢れた魂と肉体が再び一体となれば、ジパングだけでなく他の大陸にまで影響がでる可能性がある。故にオロチの魂と肉体の管理には常に気を配らなければならなかった。

 

「いよいよ鬼族も本格的にオロチを目覚めさせにかかってきている。これから大規模な戦が始まるであろう。すまぬ、前置きが長くなった。今、アレン殿からオロチの呪毒を祓おうと巫女たちが力を尽くしている。しかし、呪毒は強力。完全に祓うためには、オロチにマナを分けてもらわねばならぬ」

 オロチの呪毒。それは穢れに浸食され、切り離せなかったオロチの魂の一部。それと同量の清浄なるマナを与えることにより“中和”するというのだ。


「神の山はジパングの【神族】の血を引く、我ら【管理者】のみが立ち入ることができる。私は鬼族への対処のためここより離れることはできない。私の代わりにアオイに行ってもらう。できるな、アオイ」

「任せるでござる」

「わたしたちにできることは何もないの?」

 アイリスが言う。


「残念ながら、待つしかない。しかし、鬼族がオロチを活性化させれば呪毒が強まる可能性が高い。なので──」

 アオイの父が言い終わる前に、アイリスたちは立ち上がる。


 ならば。

 やることは一つだ。


 鬼族は今日──壊滅的な打撃を受けることになるであろう。

 それは予感ではなく、確信だった。アオイの父親は全身を震わせた。恐ろしい一手を打ってしまったかもしれない。


「アオイー。アタシも連れてってー」

 エクレールが弱々しく、アオイの肩に停まる。

 アレンの中のマナをも蝕む呪毒が、アレンと繋がりの深いエクレールを苦しめている。アレンの貞操を守るために力を蓄えていなければ消滅していたかもしれなかった。


「アレン殿との契約を切らねば、このままでは消えてしまうことになるでござるよ」

「……アレンちゃんとアタシは一心同体なの。もう、切り離せないし、離れたくない。もう何もできないかもしれないけど、アレンちゃんの役に立ちたいんだ」

「……あいわかった。精霊がいれば、神の山中で惑わされることもないでござるな……。拙者のマナを貸すでござる。それでは……飛ばすでござるよ!!」


 アオイは奔る。

 疾風となり、野を越え、山を越え。

 それは雷の速度ではないものの、人間の領域をはるかに超越したものであった。


 アオイは奔る。

 友を、救うために。

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