第112話 金色の、風

 数日後。


 王国を発とうとするアレンたちの前に、多くの金銀財宝が積み上げられた。

「……こ、これは」

「この国を救っていただき、ありがとうございます。これはぼくの全財産です。せめてものお礼です」

 ラミルが深々とお辞儀をした。


「ぜ、全財産……!? こんなに受け取れません! この国を再建するためにつかってください!」

 それには他の皆も同意した。それでもなかなか納得しないラミルを、アレンたちはどうにか説得するのだった。

「……それでは、この国がよくなった暁には、遊びに来てください。最大級のおもてなしをさせていただきます」

「そりゃ楽しみだな」

 キースが笑う。


「もうお帰りになられてしまうのですか、冒険者様」

「伯母上様。まだ起き上がっては……」

 現れた女性を見て、キースは息を呑んだ。

「ぼくの母上様の姉君、ニール様です。元第七王子の──あ、申し訳ございません」

 それを口にしてはならなかった、とラミルは後悔した。ニールはよいのです、と首を振る。

 ニールはアレンたちの方に向き直り、頭を下げた。

「お礼を言うのが遅くなりました。本当に……ありがとうございました」



 ──やはり、そういうことなのか。


 キースは今日発つまでの数日間であることを調べていた。

 ラミルの母親は、彼が幼い頃に病でなくなっている。彼の母親の姉であるニールがその代わりを務めることになった。まだ赤子であった第七王子が『行方不明』となり、心を病んでいたニールは、ラミルを実の子としてかわいがった。

 ニールとその姉は双子ではないものの、瓜二つだったという。ラミルの容姿は母親似。そうなると当然、ニールの姉とも似ているということになる。

 それが意味することは。


 キースはニコルを見る。

 ニコルに気づいている様子はなく、自分を見ているキースを不思議そうに見つめ返した。


 やはり、似ている。ニコルが大きくなれば、それがよりはっきりとするだろう。

 確証はない。誰にも真相はわからない。第七王子が行方不明となった後で、どこで何をしていたかなんて。そもそも内乱に巻き込まれて死んでしまったという話もあるし、魔物に喰われたという話もあるくらいなのだ。


 ふと、ニールの目線がニコルを捉えた。その視線を遮るように、キースは立つ。

 ニールの目が、少しだけ大きく開かれた。


 この推測を話したところで、どうにかなるわけではない。ただ似てるだけの人間ならそこらにもいるはずだ。


 今はまだ。

 このことは自分の胸の内だけに留めておこう。キースはそう思った。


 別れの挨拶を済ませ、アレンたちは飛翔船へと乗り込んでいった。



「伯母上。どうかされましたか?」

「……あの金色の髪の男の子。わたしの子が生きていれば、同じくらいの年齢になっていたでしょうか」

 ニールは遠い目をして、つぶやくように言った。


「生きていれば……きっと、あのような美しい金の髪と愛らしい目で、わたしを抱きしめてくれていたでしょうね……」

「伯母上……」

 ニールは笑う。

「大丈夫です。わたしにはあなたという素晴らしい息子がいるもの。さぁ、忙しくなりますよ。この国の行く末は、あなたにかかっているのですから」

「はっ。兄王子に負けぬように励みます」


 もう一度だけ。

 ニールは振り返る。


 飛翔船はすでに遠く。



 空は青く、やわらかな、金色の風が、抜けていった。






 飛翔船。

 流れていく景色を眺めているアレンの頭の上で、エクレールが鼻歌を歌っている。

「ずいぶんご機嫌じゃない、エクレール」

 アイリスがやってきて言うと、エクレールはにまーと笑った。

「な、なんなのそのいやな笑い方」

 勝ち誇っているような、嘲笑っているような。アイリスはちょっと不快に感じてムッとした。


「えへへへ~! アレンちゃんにね、ちゅってしてもらったんだ! いいでしょ!」

「ちゅっ……て。はあ」

 そんなことくらいで喜ぶなんて、エクレールは幸せだな、とアイリスは思った。

 いや、ちゅって──「なにそれどういうこと?」

「い、いや、その。なんというか、パワー注入というか、そんな感じで……」

 かくかくしかじかしどろもどろ。アレンはあの時の状況を説明した。

「それであのとんでもない魔法を……ってそれはいいんだけど」

「ずるい」

 いきなりセレナが割って入ってきた。

「わたしも頑張った。とても頑張った。なのに、アレンは全然ほめてもくれない。ともだちなのに」

「え? え?」

「不平等。同等のことを要求する」

「ど、同等のことって……ちょ、セレナちかいちかいってば!」

「セレナちゃんはダメー!」

 それなら。

 それなら、わたしだって。

「え?」

「わたしだって、活躍したんだから! 報酬をもらわなきゃ割に合わないわ!」

「あ、アイリスまで何を……え?」

「アイリスも、ダメー!」

「そう。アレンと接吻するのはわたし」

「いや、その、ともだち同士はあんまりキスしないんじゃないかな……って」

「もー! 二人ともなんで電撃効かないのー! もー!」



 飛翔船が跡形もなく吹き飛ぶような大乱闘が起きるところだった。

 仲裁に入ったキースの提案により、アイリスとセレナの二人には、アレンからの「ほっぺたにちゅっ」が贈られることで、この騒動は鎮静化するのであった──。

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