第111話 天雷
王は玉座に座っていた。その表情はうつろで、やはり目だけが爛々としている。
「おのれ。この国の王に成り代わり、これからエサをたらふく喰らえると思った矢先に……忌々しい冒険者どもめ」
王の口は開いていない。声はどこか違うところから響き渡ってくる。
「魔獣が知恵を得るとは……危険です。排除します」
ユーリが両手で杖を握りしめる。
「排除だとぉおお? やってみろぉおぉお」
「うえー、気持ちわるっ」
王の身体がドロドロ溶けるのを見て、エクレールがおえっと舌を出した。
宮殿全体が、揺れた。至るところから緑色の液体が流れ落ちてくる。
「ユーリ……これ、まさか」
「ええ。この宮殿そのものが魔獣なのでしょう。私たちは今、その中にいるというわけです」
「ちょっとちょっと冷静に言ってる場合なのそれ!?」
エクレールは焦るが、ユーリは至って冷静。表情は変わらない。
「むしろ好都合ですね。ド派手にやりましょう」
ユーリが炎の魔法を放つ。アレンが雷の魔法を放つ。宮殿全体から叫び声のようなものが放たれる。
「アレンさん。遠慮なく、ぶっ放してください。私の魔力も上乗せします」
「わ、わかった」
なんだか過激になったなぁ、ユーリ。とアレンは思った。
アレンは雷の短剣に向けて力を集中する。増幅させて、一気に……放つ。雷は龍となり、宮殿中を駆け回る。
「──どこかに核があるはず……それを破壊できれば……」
魔獣の核。心臓部はどこかに隠されているようだった。攻撃を続け、弱らせることができれば感知できるかもしれない。
「うわー! 緑のどろどろがせまってきてるー!」
「結界を張っているので大丈夫です。しばらくは」
そう。しばらくは。周囲には瘴気も立ち込めてきている。体内への攻撃は効果的ではあるものの、魔獣の再生力はすさまじい。戦いが長期化すれば不利になっていく。
その時。
宮殿が大きく揺れた。魔獣の力が弱まっていくのを、ユーリは感じ取った。
「キースさんたちが役割を果たしてくれたようです。それに……」
アイリスと、セレナ。二人は軍隊を蹴散らし、さらに魔獣と化したこの宮殿にも攻撃を放ち始めていた。
キースたちならばうまくやってくれると信じていた。しかし、アイリスとセレナの力は想定外だった。想像以上に凄まじかった。外部からこの魔獣を叩き潰せるのではないかと思わせるほどの勢いだった。下手をすれば自分たちは魔獣ごと潰されてしまうのではないだろうか。しかし、どうやらそれは回避できそうだ。
ユーリは、見つけた。
「アレンさん。あの玉座の下の深いところに魔獣の核があります。核は魔法の防壁で守られています。なので、ありったけの力をそこにぶつけてください。魔力をすべて使い切るつもりで」
アレンの頭の中に、魔獣の核の場所が流れ込んできた。
あそこに、ありったけの、力を。アレンに雷のマナが集まる。
「うー! なにこれ、とんでもない力が流れ込んでくる!」
「……この地には、土の大精霊が存在しているようです。属性は違うものの、アレンさんに力を分け与えてくれるようです。この地を蝕む邪悪を打倒せよ……と言っているようです」
「うううう。これじゃ暴発しちゃうよー!」
「私も制御します。エクレール、がんばって!」
「がんばってっていってもー!! むーりー!!」
ひとつ間違えれば、みんな巻き添えになる。それだけの力がアレンを中心に渦巻いている。こんなものをどうやって制御すればいいというのか。エクレールは困り果てた。
「身体が……引き裂かれそう……だ」
アレンが苦痛に顔を歪める。
「アレンちゃん!」
「……エクレール、大丈夫! 僕たちなら、できる!」
アレンの信頼が、エクレールに伝わる。
そう、ふたりなら、できる。きっとやれる。
「アレンちゃん、アタシがんばる! がんばるから、ちょっと”ちゅっ”てしてくれる?」
「ちゅって……こんな時に何を!?」
「こんな時だから! ちゅっしてくれたら、アタシがんばれる!」
アレンは困った顔をしたが、そっとエクレールの小さな顔に口づけをした。
唇が、すこしだけぴりっと痺れた。
「……えへへ……えへへへ! アレンちゃんからちゅーしてもらっちゃった! やったー!」
制御するどころか、さらに強い力が流れ込んできた。アレンにはもう抑えることができない。力が爆発してしまう。
「アレンちゃん、抑えなくていいよ! アタシに向かって、放って!」
そんなことをしたら、いくら雷の精霊といえども、力に耐えきれずにバラバラになってしまうのではないだろうか。アレンは思ったが、エクレールからは一切の不安の感情は伝わってこなかった。
アレンは爆発寸前のその力を、エクレール一点に向けた。
「今のアタシは無敵よ! 極大雷魔法──【
人々は見た。
空を覆っていた不穏な黒い雲を突き抜け、『神の雷』が降り注ぐのを。
光の柱を見た人々は正気に返り、膝を折り、祈った。
「お、おお……神が、大いなる神の怒りが……」
「これは戒めの雷……。神よ、どうか怒りを鎮めたまえ……」
「もう、争いは起こしません。どうか、どうか……!」
ゴォォォン。
その音を聞き、人々は天啓の鐘が鳴り響いたのだと思った。
光は静かに薄れて消え、宮殿は跡形もなく……消滅したのであった。
「やりすぎちゃった! てへっ☆」
エクレールのテンションは高いままだった。
「宮殿は魔獣化していたので問題はありません。核だけでよかったのにすべてを消し飛ばすとは予想外でしたが」
問題しかないような気がするなあ。とアレンは思った。
宮殿があった場所には大きな穴が開いてしまった。周囲に被害が及ばなくて本当によかった。アレンはまだ冷や汗をかいていた。
「怪我の功名といいますか……国の人々はあれを神の啓示だと思い込み、争いも終息したようです。これでよしとしましょう」
「うんうん! 一件落着!」
エクレールがアレンに頬ずりした。
こうして、戦いは終わりを告げるのであった。
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