第110話 賭け
キースが幻惑花を守るモンスターたちを斬りつける。
「やはり守りが堅いな。ニコル、オレがひきつけている間に、花を!」
「はい!」
しまった……上からもモンスターが。キースが気づいた時には遅かった。
「きゅいい!」
蝙蝠型のモンスターの爪を、ニコルのカバンから飛び出してきたメタルラビィが防いだ。
実はニコルが冒険する時、必ずと言っていいほど、アイテムカバンの中に入り込んでいるメタルラビィであった。攻撃・防御手段に乏しいニコルを補助する役割を担っている。
一安心も束の間、次のモンスターが迫る。
「えいっ!」
ゴブリン型のモンスターに、ニコルはショートソードで斬りつける。
レベルはまだ低いものの、冒険者としての経験を積んできたニコルは、モンスターを前にしても恐れることなく立ち向かうことができていた。
モンスターを倒したニコルは、幻惑花にむかって薬を撒く。花は灰色になり、くしゃっと枯れていった。
爆音が響いてきた。
花を守護していたモンスターの一部が、音のする方向に向かっていく。
「ありゃ……アイリスとセレナか。すげーな」
とんでもない強さだ。キースは二人がいるであろう場所からとてつもなく『ヤバい』気配を感じていた。もはやあの二人だけですべてが解決できるのではないだろうか。そんな気さえするキースであった。
次々に花を枯らしていくキースたちの前に、立ちはだかるモノがいた。
それは第一王子ザイーガ──いや、ザイーガの姿をした何かだ。
「こんなことになるのであれば、早々にこの国を滅ぼしておくべきだったわ。もうよい。今日この時をもって、この国のすべてを……喰らいつくす!」
ザイーガが変貌する。
それは、花の怪物だった。サボテンのように無数の棘が生えており、血のような色の花を咲かせている。花の中心部は口のようになっており、鋭い牙が生えていた。また、その口の奥からいくつも触手のようなものがうねうねと伸びてきている。
こいつは、『ヤバい』モノだ。キースの【危機感知】が警告を発する。
ここは退くのが正解だ。
しかし。ニコルは震えながらも、ショートソードを構えた。
「何してる、ニコル! 逃げるぞ!」
「……退きません! こいつを倒せれば、本体が弱体化するかも……!」
それはそうかもしれないが、こんなバケモノにどう立ち向かえばいいのか。
ふと、キースは思った。こいつも幻惑花ならば、この薬が効くかもしれない。
「ニコル! 避けろ! 右だ!」
「え、は、はい!」
花の怪物から棘が放たれた。ニコルとキースがいた場所の地面を抉り、突き刺さる。近づこうとしても、離れていてもあの棘にやられる。活路が見出せない。
「きゅいい!」
メタルラビィが、目で何かを訴えてきた。自分が囮になるとでも言っているようだ。
確かにメタルラビィであれば、あの棘を受けても弾くことだろう。
あとは──イチかバチか。
キースは『賭け』にでることにした。うまくいく可能性は限りなく低いかもしれない。それでもキースはやれる気がしていた。
メタルラビィが走る。棘が飛ぶ。金属の身体はそれを弾く。
キースは躊躇なく、走った。その動きを予見していたかのように、花の怪物の触手がキースの足に絡みつく。
「キースさん!」
「きゅいいい!」
瞬く間に。
キースの身体は花に飲み込まれていった。
「あ……あぁ……そんな……キースさん……」
ニコルはショートソードを落とし、その場に座り込んでしまう。
花の怪物の触手がじわじわと迫る。
触手が、ニコルの身体に巻きついた。
『ゴボァッ』
花の口から、緑色の液体が噴き出した。
どさりと音を立てて、液体にまみれたキースが地面に落ちた。
「キースさん!?」
「うえぇ……きったねぇ。でも、やってやったぜ」
キースの狙い。それは、あの花の怪物の体内に直接、薬をぶちまけることだった。
「どうしてそんな無茶するんですか! 薬が効かなかったらキースさん……しっ……死んでたかもしれないんですよ!」
「死なねーよ」
「なんで言い切れるんですか……!!」
「オマエがいるからな」
「え……?」
確証はない。しかし、キースは確信していた。【危機感知】が発動したキースは確かに視たのだ。『ヤバい』気配が、ニコルから逃げるように離れていくのを。
何らかの要因で
「そ、そんなことだけで……命を……」
「そんなことだけで十分なのさ、オレにとってはな。オマエはオレにとっての幸運の女神ってやつなのさ。男なのに女神ってのは変か」
「キースさん……」
そんなことを言われてしまったら、ニコルはもう怒ることができなくなってしまった。
花の怪物はどさりと地面に倒れ、しおしおと枯れて、やがて霧散していった。
「しっかしひでぇにおいだな。ほったらかしにしてたら溶けそうな気がする。ニコル、魔法の力で払ってくれないか。そうしたらすぐに次の花のトコに行くとしよう」
「はい!」
その後も二人は次々と、幻惑花を枯らしていくのであった。
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