第107話 幻 惑
「中央より遥々、よくぞ参った、冒険者たちよ」
病に臥せっていたという王は、きっぱりとした声でアレンたちを迎えた。
痩せた身体だが、全身から生気がみなぎっているのを感じる。
「モンスターが攻めてきて間もない頃に王は快復なされ、瞬く間に国を立て直し、脅威を排除なされた。この国は安泰だ」
王が健在である以上、じきに内乱も終結するだろうとザイーガは言った。
「しかし、驚きました。まさかザイーガ様が健在とは」
使者の女性が言った。
「うむ。反乱分子をあぶりだすために一芝居打っていたのだ」
──いや。違う。彼は確かに、死んだ。
血を吐き、倒れ……その心臓は確かに止まっていた。使者の女性は、その最期を看取ったひとりであった。
ザイーガの目が、見たこともないくらいに爛々と輝いていることに、使者たちは怯えた。よからぬ考えが、頭をよぎる。
この御方は──本当に人間なのか。
「──しまった」
ユーリがつぶやくのを、アレンは耳にした。
「ユーリ、どうかしたの?」
「町で見かけたあの花──あれは【幻惑花】。マナを狂わせ、幻覚を見せる花。ただの花と思わせられていた……」
ユーリの言葉を聞き、王が邪悪に嗤う。
「ほう! アレに気づく者がいたとは! やはり中央の冒険者は侮れんな!」
王とザイーガの目が、黒い光を放つ。
瞬間、アレンたちの身体から急速に力が失われた。意識も薄れていく。
「まさか使者たちが中央まで生きてたどり着くとは思わなかった。追手も差し向けたのだがなぁ」
「うむ。おかげでいらぬ手間が増えてしまった。もう一段階、幻惑を強める手を打たねば」
「そうさな。また他の冒険者が派遣されてくるやもしれぬ。この王国で『何も異変は起きていなかった』と思ってもらわねばならん」
「キサマらはコトが済むまで地下牢でおとなしくしていてもらうとしよう。次に会う時は、我らがキサマらを喰らう時よ。ぐっぐっぐっぐ」
アレンたちは倒れた。
不気味な嗤い声だけが、耳にこびりついて、いつまでも離れずにいた。
──。
アレンは目を開けた。ぼんやりとした視界の中、みんなの姿が見えた。
「ここは……」
冷たい色の石造りの部屋に彼らはいた。
「起きたのね、アレンさん。どうやら地下牢の中みたい。この手錠のせいで、魔法もスキルも使えないし、力も入らないの」
アイリスは両手を拘束している不思議な色をした石の手錠を石の壁にガンガンとたたきつけた。
これは恐らく【魔封石】だ。アレンは思った。硬度も高く、容易く壊せるものではない。
「あの王と、第一王子はニセモノでしょう。うまくマナを感じ取れませんでしたが、魔獣のそれと似ていました」
ユーリが言った。
「その通りです」
外からの声に、皆が振り向く。
かちゃりと扉が開き、金色の髪の青年が衛兵たちと共に中に入ってきた。
──似ている。
キースだけが、その青年の顔立ちがニコルと似ていることに気づいていた。
ニコルが成長すれば、恐らく瓜二つのようになるだろう。キースはそう思った。
「私はこの国の第六王子のラミルと申します。詳しい話は私の宮殿で。今はここからすぐに離れましょう。あなた方の装備品もすでに回収済みなのでご安心を。それと……不自由をおかけしますが、手錠はまだそのままにさせていただきます。それをつけていれば、向こうもこちらのマナを感知できないでしょう」
アレンたちは言われるがまま、案内されるがままに、ラミルについていくのであった。
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