第106話 陽 炎

 砂漠の王国シェザードに到着したアレンたちは驚いた。


 ──モンスターの襲撃を受けたとは思えないほど

 王国からの使者である二人も目を疑っていた。


「そんな……壊れていた建物も元通りになっているなんて……」

 アレンたちはしばらく町を歩く。そこに何の異変も感じられない。

「ユーリ、何か感じる?」

 アレンの問いに、ユーリは首を振る。何かを探ろうとしているのか、その表情は険しい。

 ふと。目についたを見てユーリの足が止まる。

「……花? 何か気になるの?」

「いえ……」

 図鑑でしか見たことはなかったが、この地域でよくみられるという砂漠の花。ここでは珍しいものではないのだろう。なのに、なぜか気になる。

 ユーリはしばらくその花を見ていたが、やがて視線を外した。


「ねー。セレナちゃんはまぁ、飛翔船貸してくれたから仕方ないとしてー。アイリスはなんで来ちゃったの? ねー」

 アイリスは南の大ギルドにとっての貴重な人材。もはやリーダー格であった。それが独断で動いていいものではないはず。

「緊急を要すると判断したからよ。フレーシア様も理解してくれるはずよ」

「緊急を要する、ねー。ふーん」

「……なによ。ずいぶんつっかかるじゃないの」

「べっつにー」

 エクレールは気づいていた。アイリスの気持ち。そしてアレンの気持ち。両者に変化があることに。

 アレンの中に生じたものはまだ淡いものだった。しかし、確かにそれは芽生えたのだ。そのことを、エクレールは認めたくなかった。

 自分から感情がアレンに流れないように、エクレールは自分の中へと封じた。



 なお。

 今回この砂漠の王国シェザードにやってきた冒険者メンバーは、アレン(エクレール)、アイリス、セレナ、ユーリ、キース、ニコルの六人である。


「おらっ! キリキリ歩け!」

 バシッと乾いた音が響き渡った。

 金の装飾を身につけた太った男が、少女の背中に鞭を打っている。

「……奴隷商人。まだこんなことが……」

 キースはニコルの表情を見た。その顔は青ざめている。

「お恥ずかしいことです。この国ではまだ奴隷制が禁止されていないのです」

 使いの男性が言った。

「度が過ぎてるな……ちと行ってくる。みんなは町に異変がないか確認していてくれ」

「キースさん!?」

 キースはづかづかと奴隷商人のところへと歩いて行った。


「そこまでにしておきな。見苦しいぜ」

「なんだキサマは……」

 奴隷商人の顔の変化を、キースは見逃さなかった。

 キースの背後、遠くにいるニコルの姿を見ての変化だった。

 キースは奴隷商人の胸倉を掴んで持ち上げた。

「な、なにをする! え、衛兵!」

「今、オレの仲間を見て顔色変えたな、オマエ」

「言いがかりを……く、くるしい……やめ」

「何故見ていた。答えろ」

「に、似ていただけだ。昔、扱っていた奴隷の子に。それだけだ」

「ほう。興味深いな。もう少し話をきかせてもらおうか」

「何をしている貴様っ!」

 槍を持った衛兵たちがキースを囲む。彼はちっ、と舌打ちをして、奴隷商人をおろした。



「キースさんが……大変です!」

 ニコルが叫び、前を歩いていたアレンたちが駆けつけた。


 そこにじゃらりと、宝石のついた装飾品を身にまとった男が現れた。

「槍を下げよ衛兵たち。失礼したね。ようこそ、中央から来た冒険者たちよ。我は第一王子のザイーガだ」

 第一王子。

 使者の二人は震えた。第一王子が、なぜ、ここに。偽物? いや、見間違えるはずがない。この使者の二人は元は第一王子に仕えていたのだ。その二人が、これは本物であると認識している。



「宮殿に案内しよう。『王』がお待ちだ」


 ──王。病に伏せている王が?

 ますます状況がわからない。何かが起きている。しかしそれが何かわからない。

 アレンたちは警戒しながらも、ザイーガの後に続いて、王が待つという宮殿へと向かうのであった。

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