第18章 幻惑の王国~金色の風~

第105話 砂漠の王国へ

 アイリスに変化があった。

 それは彼女を知る者たちを驚愕させた。


 ──道に、迷わなくなったのだ。

 あの超絶方向音痴のアイリスが、あちこちを走り回って人を撥ね飛ばすようなことなくなっていた。


 以前よりもマナを感知できるようになったことが大きいのだろう。本人は無意識だが、目的地まで迷わずにたどり着くことができていた。


 氷の精霊、白雪は後に言う。

 彼女の内に眠っていた強い魔力が、身体の感覚を狂わせていたのだと。それでいて、あれだけ高い身体能力を発揮できていたのは異常でしかないと。

 感覚のズレを考慮して動いていたために、今度は正常になった感覚に戸惑うアイリスだったが、それもすぐに修正していた。

 

「で、なんでまたここにいるのよアイリスー」

 エクレールがじとーとした目でアイリスを見た。

 一時期、仮とはいえ、アイリスと契約していたエクレールは、彼女のに敏感だった。

 エクレールにとっては、アイリスが道に迷わなくなったことよりも、アレンに抱き始めたその感情の方が驚きだった。冷ややかにアレンを見ていたその目は、今は温かい……いや、むしろ熱いものがある。これは──危険だ。


 エクレールの少し敵意を含んだ視線を感じながらも、アイリスは「何か問題でも?」と澄ました表情でそこにいた。

 そこにセレナも現れ、三つの視線が交差する。火花が散る。

 一触即発。嫌な沈黙を破ったのは、遠くからの叫び声だった。


「誰かー! 回復魔法使えるやつ、来てくれ! あと、水も持ってきてくれー! はやく!」

 アレンたちはその場へと駆けつけた。



 浅黒い、小麦色の肌。薄手の白い長袖の服に、白いマントを羽織った男女が倒れている。

 ──砂漠の、民。

 この大陸の最南端にある砂漠の王国からやってきたのだろう。しかし、王国からこの地まで歩いてくるには距離がありすぎる。それは何か不穏な事態が起きていることを意味していた。


 ひどい怪我だった。ニコルはすぐに【ヒール】をかける。水を口に含ませると、ごほごほと咳き込み、彼らは意識を取り戻す。

「こ、ここは……中央都市……?」

「いえ。ここは、ドワーフの里というところです」

「そ、そうですか……行かなければ……中央都市に」

「無茶です。少し身体を休めないと。中央都市に用があるなら、僕たちが行って伝えてきますから……」

「お、お願い……できますか。我らの国の、存亡の危機なのです」

 男はゆっくりと、語り出す。



 砂漠の王国シェザード。

 この王国では数年前より内乱が続いていた。王が病に臥せ、長男である第一王子がその王位を継承した。ところが、即位してからわずか一カ月で急死。王位を狙っていた第二王子が放った暗殺者が、その命を奪ったとされているものの、真相は明らかになっていない。なぜならその第二王子も急死したからである。

 その後、まだ幼い第一王子の息子を推す派閥と、その他王子たちは対立。時に武力を用いた衝突により、徐々に国は疲弊していくことになる。

 そんなある時。突如としてモンスターたちが王国を襲撃。王子たちはお互いの足を引っ張り合い、兵力は分散。王国は壊滅的な打撃を受けた。どうにか退けるも、モンスターたちは再度、王国を攻撃。対処しきれなくなった王子たちは、中央都市に救援の要請するために、側近たちを派遣した。


「……途中、モンスターたちの襲撃を受け、皆、散り散りとなりました。すでに誰かが中央都市にたどり着いていればいいのですが……」

「……それで、貴方たちが砂漠の王国を出発したのは何日前のこと?」

 アイリスが男に訊ねた。

「……一カ月前のことです」


 時間が、経ちすぎている。

 砂漠の王国にも冒険者ギルドがある。そこがいち早く動いていてもおかしくないのに、どうして。アイリスは眉をひそめた。そして、アレンの方を見る。アレンは頷く。

「セレナ。お願いがあるんだ。飛翔船を、出せないだろうか。送ってくれるだけでいいんだ」

「もちろんだ。中央都市のギルドにもすぐに使いを出そう」

 これは自分たちが動くべき案件ではないかもしれない。しかし、今すぐにでも助けを必要としている人たちがいる。行かなければ。


 こうしてアレンたちは、砂漠の王国シェザードへと向かうことになるのであった。

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