第104話 一輪の雪の花

 ──。


「……ジャン。起きろ」

「……あ? あ、ああ。どうなったんだ……一体」

 セブンの手を掴み、ジャンがふらふらと立ち上がる。


「ドロップの【黒死】を全部吐き出させた。おれの命をくれてやるつもりだったんだが……あいつはもう、ひとりも死なせたくないんだとよ。最後にぜんぶの力を、自分の中で爆発させたんだ」


 ──もう。触れても、大丈夫だ。だから、行ってやれ。

 そう、セブンは言った。


 視線の先には、雪の中で横たわるドロップの姿があった。コートは破れ散り、白いワンピース姿の彼女は、雪の精を想わせた。

 こんな時なのに。綺麗だ、とジャンは想った。

 彼は雪に足を取られながら、よろよろと走って行く。


「ドロップ……!!」

「……ジャン……さん」

 ジャンの姿を見つけ、ドロップが弱々しくほほ笑む。


 ジャンはドロップを抱きしめた。強く。そして、優しく。

「一緒に……帰ろう。そうだ、オレの住んでる中央都市に行こう。楽しいことがたくさんあるぞ。あの雪祭りよりももっと楽しいぞ」

「……ほんとう? 一緒にいきたいなぁ。たのしいだろうなあ。ずっと、ジャンさんと一緒がいいなあ」

 ドロップの目から涙がこぼれる。


「一緒だ。ずっと。ずっと」


「ずっと、一緒……うれしいなあ。ねえ、ジャンさん。わたしが生まれ変わって、また会えたその時は……わたしのこと、お嫁さんにしてくれる?」

「……ああ。もちろんだ」

「……うそ。わたしなんか、忘れちゃうでしょ。いいよ、それでも。でも、時々……」


 ジャンは、そっと。


 ドロップの唇に、自分の唇を重ねた。


「約束する。生まれ変わったドロップを、オレは絶対に見つけて見せる。ドロップがオレのことを忘れていても、オレは忘れない。必ず、迎えにいくからな」

「……うれしい。うれしいよぅ……ジャンさん」

 涙が、溢れる。


「ねえ、ジャンさん。もう一度だけ、抱きしめてくれる」

「ああ」

 ジャンは、ドロップを強く抱きしめた。その感覚を、忘れないように。ぬくもりを、忘れないように。



 その感覚が。


 


 ふっと消えた。


「ドロップ……。……う……う……うわあぁぁぁっ!!」

 ジャンが泣き叫んだ。

 その手には、もう、彼女の姿はない。


 雪原に、ジャンの泣き声だけが、いつまでも、いつまでも──哀しく、響き渡っていた。




 ──。


 船の上。

 セブンがジャンに温かい飲み物を差し出した。

「【黒死】は完全に消滅したわけじゃない。規模は小さくなるかもしれないだろうけどな。だから、また……」

「ああ。また、会える」

 その時にはドロップはドロップの姿をしていないかもしれない。それでもきっと、見つけて見せる。

「その時までにゃ【黒死】を消せる方法を見つけておくよ。なんとかできそうだ」

「なんとかできそうって……おめぇ、なにもんなんだよ、ホント」

「ただのしゃべる骨だよ。それ以上でも以下でもない」

「……はあ」

「まぁ、そう落ち込むなって。そうだな、間隔としては次に発生するのは10年ちょいくらいなもんだ」

「10年か。その頃には完全におっさんだな」

 セブンが、かっかっかと笑う。


「そういや、よく見つけたな、その花」

「ああ。港町の近くに、一輪だけ咲いていたんだ」


 スノードロップ。

 

 それを愛おしそうに眺めるジャンを見て、セブンがまた笑った。

「やっぱ花が似合わねーな」

「うるせー」



 水平線が輝く朝陽の中。



 ジャンはドロップが、ほほ笑んだような気がしていた。



 

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