第103話 そして、静寂


「おお! おおお! これが【黒死】! 死が、溢れる! 素晴らしいぞ! はは! ははは……は……」


 ネルガルの笑いが凍りつく。

 黒い竜巻が、屍人を跡形もなく消滅させた。

 それは不可避の死。死んだモノたちさえも、その姿を残すことなく飲み込まれ、消滅していく。それは、完全なる『死』であった。

 黒い霧が、ドロップの身体から噴出する。


「……なんということだ! これでは死者の国、軍勢をつくるどころではない。力が強すぎる! やめろ! その力を止めないと、この男を殺すぞ!」

 ドロップが青く輝く瞳を向けた。


 その瞬間。

 ネルガルは倒れた。

「む、ね、が。魔眼メデューサ……か。視ただけで、死を、もたらすとは……ああ、なんて……すばら……し……」

 ネルガルは目を見開いたまま絶命した。


 ドロップが歌う。美しい声だった。他のすべての音は止み死に、その歌だけが流れている。

 黒い竜巻が勢いを増していく。それは至るところに現れ、雪の王国へと向かっていた。


「ドロップ……やめろ、やめるんだ」

 もう。ジャンの声は、届かない。

 ドロップは、ドロップでないものに変貌していた。


「くっ、間に合わなかったか。立てるか、ジャン」

「セブン……ドロップが……」

 セブンはジャンに肩を貸し、起き上がらせた。

「これが【黒死】か。この大陸のすべての命を奪うまでは止まらないだろうな、あれは」

「何か……何か手はないのか」

 セブンは思考する。

 打つ手は一つしかない。それを実行するとなると、いくら自分でも死ぬかもしれない。

 セブンは死んでいるネルガルをみた。その身体は、すっと消滅していった。腕の数字が『6』から『5』に変化する。

 復讐はあっけなく終わりを告げた。『あいつ』を殺した仇が、こうもあっさりと死んでしまうなんて。

 

 ──虚しい。行き場のない怒りは、内に燻ったまま。

 もう、いいか。もう、これで、終わりでも。

 自分という存在がなければ、も道を踏み外さなかったのかもしれない。

 もしを殺して、すべての力が戻ったとしても、また同じことが繰り返されるかもしれない。


 なら──ここで終わらせよう。


「セブン?」

「どうなるかはやってみないとわかんねー。それでも……ま、ちょっと行ってくるわ」

「お、おい!?」

 セブンは【黒死】に向かって歩き出す。

 死が放たれる。セブンはそれを受け、身体をよろめかせる。

「おい、嬢ちゃんよ。そんなに怒るなって。そろそろ帰ろうぜー」

 黒い何かがセブンを撫でる。セブンは止まらない。

「おいおい。おれじゃなきゃ100回は死んでるぜー。ほら。ジャンも待ってるんだ。行こうぜ」

 ドロップの表情は変わらない。

 次から次へと死が飛んでくる。セブンはそれをすべて受ける。

「あー。ぐらっとくるな。これでも死なねーのかおれ。どうなってるんだろーなー」

 それでも……【黒死】に触れればどうなるかわからない。

 セブンは死を受けながらも、ついにドロップの前までたどり着く。

 

 黒い炎が、セブンを包み込んだ。



 死んだ。みんな、死んだ。


 悲しい。哀しい。かなしい。


「ああ。悲しいな。おれの仲間も、みーんな死んでしまったんだ。みんな、いいやつだったのに」


 誰も抱きしめてくれない。

 ただぬくもりが、欲しかっただけなのに。


「ああ。おれにも抱きしめてくれるやつがいたらよかったのに。嬢ちゃん、ぬくもりがなくてわりぃが、今のところはおれで勘弁してくれ」

 セブンが両腕を広げて──ドロップを抱きしめた。

 黒い炎が勢いを増す。


「そうだ。そうやって、おれに全部ぶつけちまえ。ぜんぶ吐き出しちまえばいい」

「……ガイコツの……おじさん?」

 ドロップは微かに戻った意識の中、セブンを見上げた。

 兜が飛んでいく。そこにはガイコツの顔ではなく、紫色の髪の男の顔があった。



「おれの全部くれてやる。だからおまえはもう、誰も……死なせなくていい」





 黒い爆発が起きる。

 突風が、ジャンを弾き飛ばした。

 轟音が響き渡る。



 黒い炎の柱が、天を焼いた。



 ──やがて。


 静寂が訪れた。



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