第102話 発 現

 屍人の群れが迫る。

 死んだスノーウルフも、その死体を操られ、再び向かってくる。

「くそっ……キリがねぇな!!」

 破魔の槍は屍人を操るネクロマンシーをも断つ。しかし、倒しても倒しても、その数が減る様子はない。


「ほう。吸血鬼……の紛い物か。人間が吸血鬼化する術を得るとは興味深いな。しかし、長くはもつまい」

 ネルガルが屍人に紛れて、その姿を現した。

「てめぇ……一体何人殺した」

「ふむ。キサマらが遊んでいる間に国の半数……といったところか」

 ジャンたちがこの大陸にやってきた時点で、すでにあの町には屍人が紛れていた。生者と変わらない生活をしているように見せかけて、徐々にその数を増やしていたのである。


「キサマには興味はない。【黒死の魔女】を渡せば見逃してやろう」

「そう言われて、はい、と渡すとでも思っているのか。オレが」

「……ふむ。どちらかと言えばそうした人種かと思ったのだがね。まぁ、よい。渡す気がないなら、力づくだ」

 屍人が殺到する。吸血鬼化したジャンの敵ではないものの、やはり数が多い。多すぎる。

 ジャンはドロップを抱えて跳躍した。屍人を飛び越え、走り出す。しかし、足がもつれて、ジャンは転んだ。足に力が入らない。

「ジャンさん……!」

「人外の力を得た代償だろうな。ふむ、それにしても見事な魔法式だ。それで【黒死】が発現しないようにしていたのか。ヤツめ、力を失ってなおここまで……見事である」

 ネルガルがゆっくりと近づいてくる。


「ジャンさんに……さわらないで!」

 ドロップがネルガルの前に立った。それを冷たい視線で見下ろしていたネルガルだが、やがて邪悪に嗤い始めた。

「なるほどなるほど。魔法式だけではないのだな、【黒死】を抑えていたのは。だが、一気に覚醒させる好都合でもある。くっくっく」

「てめぇ……何を言っている」

「こういうことだ」

 ネルガルがドロップの横をすり抜け、ジャンを蹴り飛ばした。

 吸血鬼化がかろうじて維持されていなければ即死していた。それほどに強烈な蹴りだった。ネルガルもまた、人外の力を備え持っている。ジャンは雪の地面に身体を打ちつけた。


「ぐ……が……っ!」

「ジャンさん!! やめてー!」

 駆け寄ろうとするドロップを屍人が囲む。

「邪魔しないで!」

 ドロップの腕の傷口から、どろどろとした黒い何かが流れる。それは黒い手の形となり、屍人に触れる。屍人はぐしゃりと崩れ落ちた。

 それでも次から次へと屍人が現れ、倒れては屍の山となってドロップの進路を塞いだ。


 ネルガルがジャンの頭を掴んで起き上がらせる。そしてその腹部に拳を叩きこんだ。

 ジャンはがはっ、と吐血する。

「キサマをいたぶれば【黒死の魔女】は覚醒するだろうな。アレをよく手なずけたものだ。ただの人の容をしただけの災厄かと思っていたが……これなら支配も容易だろうなぁ」

「……て、めぇ……」

「なぁに、安心したまえ。キサマは死んでも、屍術でよみがえらせてやる。【黒死の魔女】を支配するために利用させてもらうぞ」

 白い雪が血に染まる。

 血と共に、吸血鬼の力が流れていく。

 


 死ぬ。

 ドロップを守れずに、死んでしまうのか。


 誰か。誰でもいい。彼女を……守ってくれ。


 ジャンのその願いは虚しく。





 ──黒い死が、放たれた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る