第101話 記憶の中の勇士たち
屍人の目をかいくぐり、雪の野を歩く。
雪が強く降り始めていた。
「寒くないか、ドロップ」
「うん! 大丈夫」
風の音に混じって聞こえてきた唸り声に、二人は足を止める。
「急いでるってのに……スノーウルフかよ」
雪に紛れ、白い狼型のモンスターたちがその姿を現す。群れで行動する、獰猛なモンスター。雪で足がとられるこの状況では、ドロップを守り切れない。
「……ドロップ。これからオレは、人間じゃないものになる。怖いだろうけど、辛抱してくれ」
ジャンは吸血鬼化の粉を吸った。
この姿を見たドロップは怯えてしまうだろうか。嫌われてしまうだろうか。
それでもここを切り抜けるには、やるしかない。
ジャンは鋭くなった犬歯を剥き出しにして、スノーウルフたちに槍を向けた。
ドロップが短く息を呑む気配がわかった。
──怯え。しかしそれは、ジャンに向けられたものではなかった。
「ジャンさん、危ない!」
「なっ!?」
ドロップが、ジャンめがけて跳んできたスノーウルフの前へ飛び込んだ。
ジャンを狙っていたスノーウルフは目測を誤ったものの、ドロップの腕に鋭い爪を突き立てた。
コートに爪が突き刺さった瞬間、スノーウルフは絶命して雪の中に落ちた。
「ドロップ、大丈夫か! なんでオレを守ろうと……」
よかった。少しだけ血がにじんでいる程度だ。ジャンは安堵した。
スノーウルフはジャンとドロップから放たれている異質な気配を前に動きを止め、グルルルと唸ることしかできずにいた。
「ジャンさんが、無事でよかった」
「……ありがとな。でも、今のオレはとっても強いから大丈夫だ」
「……怖くないよ。ジャンさんがどんな姿になっても、わたし、怖くないから」
ドロップは笑った。
その笑顔は、記憶の中の妹の笑顔と重なった。
守る。
何があっても。
ジャンは笑みを返すと、スノーウルフたちへと向かっていった。
血。
黒死を呼ぶ、血の気配、だ。
──見つけた。ネルガルは笑う。
「余所見とは余裕じゃねーか」
セブンの魔剣が奔る。ネルガルの右頬がぱっくりと裂け、血が流れ落ちる。それでもその表情は変わらない。
「くくくくく……キサマの相手は後回しだ。屍人どもよ、足止めしておけ」
「あ! 待ちやがれこのっ!」
ネルガルが飛び去ると、屍人はさらに数を増した。
すぐに追わなければ。しかし、どう切り抜ける。中には冒険者だった屍人もいて、手ごわい。時間をかけていられないというのに。セブンは焦った。
『〇〇〇〇〇様。俺たちの力、使ってくれ』
それは、聞こえるはずのない、なつかしい声。
『言ったでしょう。死んでも俺たちはあんたの味方だって』
それは、死者の声──いや。ただの記憶。記憶から再現した、仲間たちの声。聞きたいように、聞こえてくるだけのもの。
それでも。きっと『この力』は、彼らが与えてくれたものに違いない。セブンは確信していた。
「……悪いな。おまえたちの力、また……借りるぜ」
おれたちは、ずっと──仲間だ。
「【英霊召喚】」
淡い光に包まれた、千の騎士たちが現れる。
歴戦の勇士たちが、屍人たちを次々と屠っていく。
『行ってください、〇〇〇〇〇様! ここは俺たちに任せてくれ!』
『アンタには、アンタにしかできないことを! 頼みましたぜ!』
そう。あの時おれは、おまえたちを見殺しにしたんだっけ。
なつかしい顔を見渡す。セブンは胸に痛みを感じた。この痛みは、この先もずっと消えることはないのだろう。
「ああ。頼んだぜ、みんな!」
セブンは仲間たちと拳を合わせ、そして走り出した。
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